D&D(3e)『ソルヴェーグの歌』

※2ヶ月前にプレイした、Dungeons&Dragons(D&D)のセッションリポートです。一応展開だけを軽く記録しておきました。



「白くきらきら光る絶壁に射す冬の太陽から傷ついた目を守るため、サングラスを買わねばならないと考えた。」――アラン・ロブ=グリエ『反復』


【主な登場人物】

トヴィ・ヒルガード…金に汚いハーフリングローグ。近接戦闘での急所攻撃は無類の威力を誇る。

ドワーフの中のドワーフ」ジグラッド…善良な、あまりにも善良な、ドワーフのバーバリアン/ローグ。

アズラエル…観るとつい苛めたくなってしまう、屈折した性格のウィザード。なぜか身体が弱いふりをしている。

ローラ…浪花節根性の女クレリック。トール神を奉ずる。正義を愛する熱血漢だが、どこか、そう、どこか肝心なところが抜けている。

イシェ・フィンマーク…見目麗しきバード/レンジャー。その美貌を生かし、相手がドラゴンだろうとデーモンだろうと口説き落としにかかるチャレンジャー。


「馬鼻の」ホスガルド・ハレクソン…商人。かつてパーティのパトロンをしていた。

トライグッヴィ…ホスガルドの小姓をしている美少年。挙動不審。

インセンディアロス…ブラック・ドラゴン(ヤングアダルト)。グレート・マーシュの沼の中に住んでいる。美しい人間の女性が好み。頭はあまりよくない。

ラグナー…ソーデルフィヨルド貴族連合における事実上の元首。合理的な人物だが、その強引なやり口には非難の声も多い。最近は有力なハルトフォード氏族を評定し、ますます勢いを強めた。

ペール…ブラック・ガード。元々はオーディンパラディンだったが、「角笛」探索の途上にて、神々の戯れに憤りを感じ、堕落する。魔剣「ナイン・ライヴズ・スティーラー」を振り回す。

ソルヴェーグ…ペールの恋人。シャドウエルフ/ハーフフィーンディッシュのシャドウダンサー/ソーサラーにしてワイズ・ウーマン(魔女)。特技は変身術。下々の者を翻弄する神々の姿勢に怒り、「角笛」に渾身呪いをかけた。

ロキ…陰謀と策略を何よりも好む神(イモータル)。その言動は諧謔に溢れ、その行動は矛盾と出所の知れぬ怒りに満ちている。


【ストーリー】


 ミスタラ世界という古式ゆかしいD&Dのオリジナルワールドがある。ワールドガイドの入手が困難なためか最近では知っている人も少なくなってしまった感があるが、中世ヨーロッパ風の世界カラメイコス大公国、アラブ風の世界イラルアム首長国連邦、魔法使いの楽園グラントリ、エルフとシャドウエルフが常に抗争を繰り広げているアルフハイム、オークやトロールが平然と闊歩する無法地帯ブロークン・ランドなど、毛色の違う国家群がひしめきあっている不思議な世界だ。その魅力は、色彩豊かな国家それぞれの根本にある土俗性のようなものを維持させつつ、架空世界を構築成立させるだけのリアリティをあくまでも「扱いやすい範囲で」ユーザーに提供しているところにある。


 そして今回のシナリオの舞台となったのは、ミスタラ世界の北方に位置するノーザン・リーチだ。これは一言で言えば北欧神話の世界で、オーディン・トール・ロキなどの神々が実名のまま登場したり、志半ばにして力尽きたキャラクターはヴァルハラへと運ばれてしまったり、強力な「ルーン魔法」というオプションが得られたりするような舞台である。国は大きく、野蛮な海洋国家オストランド・文化的なヴァイキングの集う国ヴェストランド・荒野と湿原に覆われた小邦国家群ソーデルフィヨルド貴族連合の三つに分かたれている。功成り名を上げると志を立てた者たちは、これらの国家間の諸問題を解決し、部族間の名誉を守り、隊商を護衛し、氷の海に眠る宝を探り、峨々たる山々に潜むコボルドトロールどもを退治し、有力者に媚を売り、時には軍務に参加し尊厳をもって戦うなどして、日々地道に努力を重ねているのだが、そこそこの経験を積んだわれらが愛すべきパーティに降りかかった使命はなんと、<神々の黄昏>にまつわるアーティファクトに関するものだった。



 セッション開始とともにバグベアー10体に囲まれたパーティ、つまりトヴィ・ジグラッド・アズラエル・ローラ・イシェの5人は、戦闘の練習とばかりにこれらヒューマノイドを簡単に撃破してしまったのであるが、それは、南にある危険な「ハーデンガー山脈」における冒険の帰路において起こったものだった。ハーデンガー山脈とは、ソーデルフィヨルドの通商都キャステランと、イラルアム首長国連邦の都市シン・ザ・メン・ヌーとを分断させている山脈のことで、そこにはコボルドトロールどもが数多く巣食っており、おまけに小金を溜め込んでいるという。つまりパーティは、ハーデンガー山脈でひとつ荒稼ぎをした後、悠々自適の身分でキャステランへと凱旋しようとしていたのだ。


 結局のところ無事キャステランには戻れたのであるが、そこで彼らを待ち受けていたのは、恐ろしい値段でぼったくられるうえに、常に客を「カモ」に仕立てあげようとする繁華街の恐ろしき宿と女給どもだった。結局「静かなる入江亭」という宿屋に腰を落ち着けた一行は、そこで「平鼻の」ホスガルド・ハレクソンという名の人物に再開した。ホスガルドは海千山千の商人で、パーティが駆け出しだったころのパトロン役を引き受けてくれた人物だが、よく薄給で危険な任務に就かされたものだった。そして今回もまた、ホスガルドは「桁外れに大きな話」を彼らに持ち込もうとしていた。だが当然ながら、これまで何度も死の危険にさらされてきた一行は、そうやすやすと騙されはしない。話が煮詰まってきたとき、ホスガルドの小姓をしているらしき少年がひょいと顔を出した。彼はトライグッヴィという名の生真面目そうな見目麗しい少年で、ホスガルドはことのほか目にかけているようだった。


 そうこうしているうちに、歓楽街で泡沫の快楽を求めていたローラとイシェが宿に戻ってくる。しかし二人は「静かなる入り江亭」の看板が見えるところまで通りを歩いてくると、突然、黒づくめの男たち二人に背後から襲撃された。彼らの繰り出してくる<即死攻撃>を辛くもかわした二人は、事態を知らしめるべく大声をあげようとするが、なんと既に<サイレンス>の呪文が周囲にかけられていたようで、まったく声が出ない。それでも仲間は様子のおかしさに気がついたけれども、事実上魔法が封じられている状態では満足に戦えず、片方は気絶させたものの、結果として暗殺者を一人逃がしてしまった。


 捕らえた暗殺者を宿へと連れていき、縛りあげてワケを吐かせる。すると、暗殺者は「角笛!」と一言発して死んでしまった。<ギアス>の呪文がかけられていたようなのだ。しかし「角笛」と聴いてホスガルドは青ざめた。というのも、彼が言う「桁外れに大きな話」とは、他ならぬ「角笛」に関するものだったからだ。


 「角笛」とはどのようなものなのか? パーティに問い詰められ、仕方なくホスガルドは答える。「角笛」とは、かつて<神々の黄昏>の訪れとともに人間界から遠ざかってしまった「神々(イモータル)」を、この世に呼び戻すために使われるアーティファクトのことを指す。かつてはオーディンに仕えるパラディンたちによって、聖杯探求めいた探索が行われたこともあったが、肝心の「角笛」が何らかの原因で二つに割れ、ばらばらに散ってしまったという情報を除いては、確かな成果は得られなかったというのが実情である。


 そんななか、ソーデルフィヨルドの領主ラグナーの耳に、「角笛」の片割れがハイデッガー山脈に眠っているという噂が届いた。ラグナー自身は対立するハルトフォード氏族との抗争に忙殺されていたため、「角笛」を手に入れる使命は御用商人であるところのホスガルドに一任された。すぐさまホスガルドはハイデッガー山脈へと旅立ち、そこに住むトロールたちをうまく言いくるめ、彼らの所持していた、割れた「角笛」を騙し取ることに成功した。が、帰路に就いた際にヒルジャイアントの一群による不意打ちを受け、ラグナーより借り受けた兵の大半を失い、命からがらキャステランへと逃げ帰ってきたがために、ホスガルドの使命は停滞を余儀なくされた。ソーデルフィヨルドに戻るまでの間、護衛を勤めてくれる手錬の冒険者を探さねばならなくなったからだ。


 ここまで事情を話すと、ホスガルドは「ここまで知ってしまったからには、もうおまえたちはこの使命からは逃れられない」とパーティを威圧し、同時に彼らの士気を高めるため、「角笛」を無事ソーデルフィヨルドに持ち帰った場合には、一人30000GPという破格の報酬を約束したのであった。とどめとして渡された前金の10000GPを目にしてすっかり舞い上がったトヴィは、すぐさまホスガルドと「角笛」の護衛となることを快諾するが、残りのメンバーはいまひとつ乗り気であるとはいえない。面倒に巻き込まれたくないからだ。しかも「角笛」を手にしたラグナーは、神々の手によって強力な力を得、この乱世を平定するだけの権力を有するに至るとまで聴くと、冒険者的にはどこか面白くない。大きな話に関わるのは悪くないが、独裁者の誕生に手を貸すのは、倫理うんぬんを語る前に生理的な嫌悪を感じてしまうのだろう。しかしながら乗りかかった船、パーティはこのやっかいなクエストに巻き込まれることになってしまった。ホスガルドの説得が巧みで、ラグナーが単なる粗野な田舎貴族ではなく、冷徹なまでの明晰さを持った果断なる指導者だと諭されたことも、その一因であっただろう。


 キャステランからソーデルフィヨルドまでは結構な距離がある。一日16マイル馬車で動いて、10日以上かかるほどの長さだ。しかも途中、グレート・マーシュなる湿原地帯や、ソルトフォード川流域の荒地をのぼっていく必要が生じてくる。そんなわけで、パーティはキャステランで入念な準備を整え出陣した。


 キャステラン谷を越えた時点で、ソーデルフィヨルドへのルートを検討するが、結局のところ最も安全そうなのは街道(オーヴァーランド・トレード・ルート)を辿っていく道らしい、という結論を出した一行は、おっかなびっくり街道を進んでいくが、三日目の晩、行く先に現れたのは…そう、コボルドたちであった。


 こんな奴ら相手にするまでもないと、視認した先に見えたコボルドどもに<スリープ>をかけ、残りを射倒し先に進む。コボルドがいたところに祭壇らしきものが見えた。驚く間もなく、沼の中から巨大なブラック・ドラゴンが姿を現した。それはインセンディアロスと名乗り、配下のコボルドたちを殺されたことに大変憤っている様子であった。


 ドラゴンなぞに襲われたらどれだけの被害が出ることかと、パーティは賢明に、インセンディアロスをなだめようとする。とりわけ献身的なイシュは、持ち前の美貌を武器に自らドラゴンの「お嫁さん」となり、危機を切り抜けようと考えているようであった。しかし、美女に弱いヤングアダルトのブラック・ドラゴンはちょっとだけクラっときたものの、最後には別の欲望が勝利した。つまり、この先を無事に通して欲しければ「アレ」をよこせと、インセンディアロスは言っているのだ。


 「アレ」とは…と考える間もなく、大いなる力の気配を感じたのか、トランクのなかの「角笛」がガタガタと大きな音を立てはじめた。今にも蓋を開け、ドラゴンの元へ飛んでいってしまいそうだ。トランクを運んでいたトヴィは必死で押さえにかかる。だが、「角笛」から発せられる力は増すばかりだ。ここでパーティの意見は二分する。このまま「角笛」を渡してしまい、さっさと面倒ごとから離れようとしたほうがいいのでは、という意見が出たのである。苛立ちを隠そうともせずに上空を旋回するドラゴンを尻目に、パーティは喧喧諤諤の議論を重ねる。そうして導き出された結果は、やはり「角笛」は渡せない、ということだった。謎めいた「角笛」の力がある意味ドラゴンよりも恐ろしいものであったことと、報酬150000GPの重みが、パーティの意思決定を大きく左右したようだ。


 返答を伝えると、案の定、ドラゴンは急降下して酸のブレスを吹く構えになった。しかしこちらにも対応策があった。パーティの眼前に鎧を捨て裸になったローラが立ちはだかり、自らのヘイディギフトに記されていた、「ルーン」の力を解き放ったのだ。「ルーン」とは、ノーザン・リーチを生きる戦士たちが生み出した、文字に込められた特別な魔法の力であり、秘術や宗教とは関係なく、自然の力を引き出すことができる悟法のことを意味する。その力ははかりしれない。そして今まさに、ローラは手にした「ジャイアントのルーン」を解き放ったのだった! まばゆいばかりの閃光に包まれ、裸の女僧侶はどんどん巨大化していく。瞬く間にヒルジャイアントと肩を並べるくらいの大きさになったかと思うと、近くに生えていた木をへし折り、棍棒代わりに手をとって、ブラック・ドラゴンに殴りかかった。くんずほぐれつの怪獣大決戦をパーティは呆けたように見つめ、時たま射撃で援護するくらい。ジグラッドがこれまた「ルーン」の力を使い、「とどめの一撃」と見誤るほどの強烈なドワーヴン・アーグロシュによる打撃を放ったが、ジャイアントのインパクトを前にしてはその印象もかすむばかり。


 やがて形勢不利を見て取ったブラック・ドラゴンは、途中で目標を変更し、いちばん脆弱そうなアズラエルに噛み付き・爪・爪・翼・尻尾の五回攻撃で挑みかかる。しかしその様子を察知したローラは足もとに落ちていた岩を拾い上げ、大きく振りかぶってドラゴンに投げつけた。かくして何ラウンドも戦った後に、なんとブラック・ドラゴンは地に倒れ伏し、その生命の灯火は哀れ消え去ってしまったのだった。


 インセンディアロスのほかにはさしたる障害も無く、パーティは無事、街道を進んでバックウォーターに到着した。人口3500人ほどの小さな中継都市である。キャステランとソーデルフィヨルド、もしくはヴェストランド方面への橋渡しを勤めている街だ。


 案の定、高額の宿代をふっかけられたうえに、ラグナーについての悪い噂をさんざん聴かされるなど、ロクなことはなかったうえに、「ハルトフォードを平定した後はオストランド進攻を狙っている」などという危ない情報まで耳に入ってくる。「角笛」を早く手放してしまいたい一行は、大事が起こる前にソーデルフィヨルドに向かおうと、満足に休息をとることもなく出発する。


 ソーデルフィヨルドへの道のりは険しく勾配は急で、パーティは、街道というよりも荒野と丘陵を幾度も越えているような感覚を覚えた。目的地まであと二日と迫った晩に、巨大なウィンター・ウルフ2体とシャドウ・マスティフが、一行の前に立ち塞がった。ウィンター・ウルフのアイス・ブレスと、シャドウ・マスティフの影潜み(トリップ)とに翻弄されるものの、さしたる被害もなく相手を倒せそうだと思ったのも束の間、突如、黒づくめの鎧で身を固めた4人組が現れ、馬車の方に向かってきた。ひときわ大きな体躯をした戦闘の男は、鈍く黒光りする剣を抜き身で持ち、全身から殺気をみなぎらせている。パーティが迎撃体制に入ったのも束の間、一人が強烈な<ファイアーボール>を放ち、一行は大打撃を被ってしまった。軽傷で済んだためパーティの壁となっていたローラやジグラットも、<キュア・シリアス・ウーンズ>で体力を回復させながら魔剣「ナイン・ライヴズ・スティーラー」による文字通り「死」の一撃を放つ謎の黒騎士の攻撃を、辛くも受け止めているのだった。


 しかし運はパーティの方にあった。対ドラゴン戦において温存していた「ルーン」の力を、ここぞとばかりに発動させたうえ、イシェが有する<速射>の特技によって加えられる連射が、黒騎士の体力を着々と削っていたからだった。ブラック・ガードはとっておきの「善を打つ一撃」によってローラにとどめをさそうとするも、仕えるべき神に見放されたのか、攻撃は相手の鎧をかすめるばかりであった。そしてとうとう、「ソルヴェーグ!」と断末魔の叫びをあげて、倒れ、その身体は鎧とともに塵と化していってしまったのだった。そして剣だけが残った。結局、悪に祝福された魔剣「ナイン・ライヴズ・スティーラー」は、辛くも新たな犠牲者の魂を吸収するには至らなかったのだったが、この剣が結構な価格で転売できそうだと見込んだトヴィは、こっそりと魔剣を拾い、自らの背負い袋に放り込んだ。


 ブラック・ガードどもとの戦いを終え、ソーデルフィヨルドへと再出発すべく馬車に戻ったパーティは仰天した。ホスガルドが、無様な焼死体となっていたのだ。おそらく<ファイアー・ボール>に耐えられなかったのだろう。幸いトライグッヴィの方は馬車の車体がカヴァーとなったためか、なんとか一命を取り留めてはいたのだが。


 ここで依頼人を死なせてしまっては報酬を貰うのに支障が生じるかもしれない。そう考えた一行は、ホスガルドの死体を抱え、全速力でソーデルフィヨルドへと向かった。いかに神々が人間界から遠く離れてしまったとはいえ、この北の大地において、その影響力はいまだ強大である。ゆえに、ノーザン・リーチにおいて戦いで命を落としたものは、神々の使者によって早々に魂がヴァルハラへと運ばれてしまうことになる。彼らは急ぎソーデルフィヨルドに向かい、大枚をはたいて<レイズ・デッド>のスクロールを購入しようと目論んだ。


 これまでロクについていなかったパーティも、この時ばかりは幸運だった。不浄なるホスガルドの魂が戦士の楽園へと行き着く前に、<レイズ・デッド>をかけることに成功したからである。パーティはそのままホスガルドの回復を待つとともに、「角笛」を届ける時期を宿屋にて見計らっていた。というのも、領主ラグナーはソーデルフィヨルドの街を留守にしていたからである。街で情報を集めたところ、彼は手勢を率いてハルトフォード氏族を征伐した後に、その脚でサウス・コースタル・プレインへと向かったらしい。当分寝たきりになっているホスガルドの言を待つまでもなく、ラグナーがいなければ、「角笛」の行く先はない。


 思わぬ猶予を与えられたためか、ここまで来てパーティは、再度「角笛」をラグナーに渡すべきかどうか議論を始めた。しかしながら、ドラゴンやブラック・ガードなど、明らかに「角笛」に惹かれて現れたとおぼしきおかしな連中に嫌気がさしたのか、ラグナーが理性的な男なら、素直に「角笛」を渡して有効活用してもらおう、という流れに落ち着いた。だが、目敏いトヴィは、「角笛」に対するトライグッヴィの態度が明らかにおかしいことに気が付いた。皆が寝込んだ隙を窺って「角笛」の入ったトランクに近づこうとしたりするのである。けれども相手はあくまで子供であるうえ、確かな証拠はなかった。


 一週間が経過して、ようやくラグナーが戻ってきた。壮大なる凱旋が行われるだろうという大方の予想を裏切り、ラグナーを始めとした軍勢は疲労の様子が色濃く、すぐさま城の方に引き揚げてしまった。


 間髪入れず、パーティは城へ乗り込み、ラグナーに「角笛」を手渡す。すると彼は喜色満面とした笑みを浮かべ、旅から持ち帰ったというもう一つの「角笛」の欠片を部下に持ってこさせ、二つの「角笛」を一つに組み合わせると、高らかに哄笑し、吹き鳴らそうとした。ラグナーの変わりように一行は驚きを隠せなかったが、それ以上に衝撃的だったのは、いつのまにか謁見の間に潜入していたトライグッヴィが、突如金切り声を上げてラグナーを制したことだった。「やめろ! 邪悪なる神々への門を開いてしまうぞ!」


 かねてよりトライグッヴィの挙動に疑問を抱いていたアズラエルは、トライグッヴィの不審な行動によって、逆説的にラグナーと「角笛」の欺瞞を見越した。彼は一瞬の合間を縫って「ルーン」の力を発動させ、「真実」をその手に掴むべく目を瞠いた。


 やせこけた、死人めいたローブ姿の女性が見えた。


 アズラエルは叫んだ。観てはならないものに触れてしまったとき、人を守るのは正しい判断と迅速な行動のみである。その切実さは皆の魂にゆさぶりをかけるとともに、ラグナーの虚飾を剥ぎ取るのにも功を奏した。ラグナーだったものは<ポリモーフ>を解き、その姿を現し、自分はラグナーの殺害者にしてワイズ・ウーマン(魔女)、ソルヴェーグであると名乗った。
パーティに促され、ソルヴェーグは事件の顛末を語った。


 かつて「角笛」を求めたオーディンパラディン・ペールは、目的の品を発見したものの、神々の戯れに強い憤りを感じ、破壊神ヘルの力を借りて堕落した。そのあまりにも激しい怒りは、「角笛」を永久に守護する宿命を負ったシャドウダンサー、ソルヴェーグの共鳴を呼んだ。かくして、かつての宿敵は愛をもって結ばれた。そして二人は、呪いをこめて「角笛」を二つに割ったのである。こうして神々の楽園イスガルドを呼び戻すための「角笛」は、ヘルとその従者の住むスヴァルフヘイムへと物質界を繋げるための邪悪なる利器へと変えられてしまった。その後、その一つは「角笛」の製造者であるハーデンガー山脈のトロールの手に、事情を知らせぬまま渡され、残る片方はサウス・コースタル・プレインにあるソルヴェーグの庵に保管された。それから長の年月が過ぎ去ったが、どこからか「角笛」の伝承を聞き及んだラグナーが、二つの「角笛」を手に入れようと画策し、自らサウス・コースタル・プレインに乗り込んできた、というわけだ。しかしいくら腕が立っても所詮は人間、ラグナーはソルヴェーグの魔術で塵と化した。


 ここまで語ったとき、トヴィが背負い袋から「ナイン・ライヴズ・スティーラー」を取り出し、高らかと掲げた。それを観たソルヴェーグの瞳から涙が滂沱と流れた。言うまでもなく、その剣はペールの持ち物だったからである。思わず赤裸々な感情を吐露してしまうソルヴェーグだったが、それをせせら笑ったのはトライグッヴィだった。無垢な少年の仮面を投げ捨てた素顔は、道化を思わせる中年の男性だった。そう、彼の正体は、皮肉と逆説の神、ロキだったのである。


 お涙頂戴の茶番はもうコリゴリだ、と言い放ち、ロキは<テレキネシス>でソルヴェーグから角笛を奪い取ると、唇に当て、大きく吹き鳴らした。そうして、もう俺は飽きた、楽しいゲームでもするがいい、と捨て台詞を残して消え去った。


 「角笛」からは、巨大な、黒い不定形の塊が現れた。それは一気にソルヴェーグを飲み込んで姿を変えた。そして、固まりは徐々に収縮していき、ある形を取り始めた。


 身構えるパーティの目の前に、<目玉の暴君>ことビホルダーが立ちはだかった……。


【DungeonMaster's Note】


 私的な事情により最近あまりRPGできなかったので、久々のセッションは楽しめた。理屈を云々する以前に、パーティゲームとして面白かったのである。それはなぜかというと、とりわけ序盤、プレイヤーに独創的なまでの元気の良さがあったからだ。彼らは皆非常にテンションが高く、しかも、それをずっと維持していた。偉大である。セッションは長引き、夜の九時までかかってしまったというのに。


 加えて、たくさん戦闘ができ、なおかつルール適用がそんなにおかしくならなかったことが、自分としての密やかな喜びとしてあった。


 実はラスボスはソルヴェーグの予定でしたが、プレイヤーの一人があまりにもビホルダーに遭いたそうだったので、急遽変更させていただきました。偶然にも、設定した脅威度がソルヴェーグと一致していたので。そんなこんなでラストの戦闘が時間的に押してしまいました。


 なお、ご覧の通り長文プレリポ書いたのですが、おそらく、かなりの記憶違いがあるうえ、無意識の修正が加えられていると思われます。先に謝っておくとします。ご容赦下さい。


 以下はだらだらと与太話。



 シナリオは『AD&D』、『D&D3e』者の祭典、「AMC2003」でDMを勤めた際に使用したもの。モンティ・パイソンの愉快な映画『エリック・ザ・バイキング』や、カーク・ダグラス主演の『ヴァイキング』に観られるような、ヴァイキング世界を舞台にしたシナリオだ。準備には結構な時間をかけた。ちなみに背景世界はクラッシックD&DのGAZ7モジュール『The Northern Reaches』(未訳)によっている。本来ならばもっとユーザーフレンドリーな舞台(ロードス島とか?)にすべきだったのかもしれないが、マスタリングしてて俺が楽しくない舞台を使用しても仕方がないので、ユーザーフレンドリーになるのはマスタリングで実行すればよし、と開き直り、趣味に走った。


 シナリオの流れとしては、『混沌の渦』のサンプルシナリオのような、「A点からB点まで移動しながら様々なイベントが起こる」といった形をベースに、いくつか分岐や子葉末節を付け加えたキャンペーン風味のものを考えた。モンスターを倒した際に随時経験点を渡し、レベルアップさせたのはキャンペーンを意識したためである。また、腐るほど集めたD&Dサプリメントからミニイベント用のマップを抽出し、話がちょっとくらいおかしくなっても対応できるようにもしておいた。そのおかげで話の流れはだいぶ変わった。ちなみに、前回AMCでプレイした際は、ラストの戦闘はソルヴェーグの住みかで行われた。


 また、やや脱線になってしまうが、シナリオそのものの着想は、ヘンリック・イプセン戯曲『ペール・ギュント』と、同名のグリーグクラシック音楽から得ている。物語の背景にある、現代人的な放蕩息子ペールと、古風な「待つ女」ソルヴェーグの物語を、シナリオに使いたかったわけだ。これは別に古典主義的ペダントリーをひけらかしたかったわけではなくて、ある種の「北欧的」なイメージの典型が、結局のところベタな話であるところの原作にしろ、ニールセンなどと比べるとやや映画音楽的なグリーグの曲にしろ、これらの作品の重要な基盤となっていると判断したからである。要は北欧的な雰囲気を出したかったから、そのよりどころを古典に求めたというわけだ。案の定、D&Dのシナリオに落とした時点で、『ペール・ギュント』の表層を包んでいた「近代VS現代」的な苦悶や、キリスト教的な救済観念はどこかに消えてしまったが、こんなものを導入してもセッションがうまく回るはずはないので、それはそれでよかった、と思っている。


 また、「ルーン魔法」に代表されるような、ルール至上主義なシステムであるところの『D&D3e』ではありえないようなバリアントも導入してみた。単発ならではの遊び心ということと思っていただければ、これ幸い。経験から言えば、単発セッションは一発逆転要素がないとつまらないので。


 ちなみに、『D&D3e』的には、このレベルでアーティファクトが出てくるのも、実を言うと「ありえない」ことなのだが、話を壮大にするためには仕方がなかった。そんなところよりも、単発セッションでは何よりもノリと法螺が重要なので、まず、そちらが優先されなければならなかったのだ。そんなことを言いつつ、いざ思い出して記録をつけてみると、結構(とりわけロキの扱いで)ストーリーが瓦解してしまっている気もするが、まあいい。


 マスタリングに関しては相変わらずザルというか「こんなものか」という感じだったが、愚痴になるので詳しくは書かない。プレロールドキャラクターを準備したのはわりとよかったが、ちょっと買い物に時間をかけすぎた。


 こんなところで。