SFファンのためのエベロン・ガイド(シャーン編)


 『ダンジョンズ&ドラゴンズ』のエベロン世界のサプリメント『シャーン:塔の街』と、エベロン世界での冒険を扱った小説『シャーンの群塔』を、つらつら読んでいます。
 『シャーン:塔の街』のほうは、もともと原書で読んでいたのですけど、どうしても細かいところは読み飛ばしてしまうので、日本語版があると非常に助かりますね。
 やはりこういうちゃんとしたワールドセッティング関係の資料本に触れると、ダンジョンマスターをやろうという「気力」が湧いてきます。こうした優れたセッティングは、マスター能力を高めるには必要不可欠ではないかとすら、思ってしまいます。一見、ワールドセッティング本というものは地味なものですが、広い目でRPG界の発展を考えた場合、その役割は極めて重要でしょう。
 現に私も、優れたワールドセッティングを有するゲームがなかなか手に入らず飢えていた10年前の自分に、このサプリメントを読ませてやりたいと切に感じています。

シャーン:塔の街 (ダンジョンズ&ドラゴンズサプリメント)

シャーン:塔の街 (ダンジョンズ&ドラゴンズサプリメント)


 また、RPGにそれほど興味がない方にも、エベロン世界は非常に斬新で奥深いので、お勧めできます。
 そういえば、エベロン世界は、既存の「エルフ」だとか「ハーフリング」だとかの種族にも、大胆な読み替えがなされていたりして、ちょっと変わったファンタジーに触れたい方にはうってつけなのですが、同時に「SFで読んだ/観たようなイメージ」が頻出する世界であったりもします。しかも、ひとひねりされた形で。


 そこで、今回は主にSFファンのために、エベロン世界がどのような広がりを内包しているのか、エベロン世界でいちばん大きな街であるシャーンを例に、その一端をご紹介しましょう。


エベロンとは、こういう世界。
http://www.hobbyjapan.co.jp/dd/news/ewg/ewg.html


・シャーンとは、こういう街。
http://www.hobbyjapan.co.jp/dd/news/sharn/sharn.html


 特に、小説『シャーンの群塔』は、良質のサイエンス・ファンタジーとして、SFファンにも、強くお勧めすることができます。
 サイエンス・ファンタジーとは、(主に)70年代から80年代あたりにまで、SFとヒロイック・ファンタジーの融合として模索が進められたサブジャンルですが、非常に魅力的な構造を持ちながら、あまり陽が当たることがないように思えます。
 しかしながらエベロン世界では、ゲームという枠組みにおいて、サイエンス・ファンタジーの復興がなされています。SFとファンタジーの美味しいところが、この小説には軒並み詰め込まれているのです。


D&Dノベル シャーンの群塔 上 [ドリーミングダーク第1部] (HJ文庫G キ 1-1-1 ダンジョンズ&ドラゴンズ)

D&Dノベル シャーンの群塔 上 [ドリーミングダーク第1部] (HJ文庫G キ 1-1-1 ダンジョンズ&ドラゴンズ)

D&Dノベル シャーンの群塔 下 [ドリーミング・ダーク第1部] (HJ文庫G)

D&Dノベル シャーンの群塔 下 [ドリーミング・ダーク第1部] (HJ文庫G)


 そういえば、サイエンス・ファンタジーの最高傑作、ジーン・ウルフの『新しい太陽の書』が、早川書房より復刊するみたいですね。『新しい太陽の書』の面白さは、とても簡単には伝えられないものなので、詳しくは日本語の解説サイトである「Ultan Net」を参照してみて下さい。
 ちなみに、『新しい太陽の書』に出てくる、さる有名な武器は、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』のサプリメント『武器・装備ガイド』にきちんと収録されていますよ。


・Ultan Net
http://ultan.net/index.php

拷問者の影(新装版 新しい太陽の書1) (ハヤカワ文庫SF)

拷問者の影(新装版 新しい太陽の書1) (ハヤカワ文庫SF)


 最近では、別ジャンルと思われることもあるようですが、もともと、大文字のSFとRPGは非常に親和性が高いものでした。『SFマガジン』の古い号を見ると、『ローズ・トゥ・ロード』や『トラベラー』の広告が載っていたりして、驚かされることもしばしばです(蛇足ですが、雷鳴から2002年に発売された『トラベラー』の新版も、『SFマガジン』に広告が出ていました)。
 サイバーパンクの最盛期には、『世紀末キッズのためのSFワンダーランド』というのが別冊宝島で出たりもしたのですが、そこには『トラベラー』のパロディゲーム、『新感覚SFファンロールプレイングゲーム TROUBLER(とらぶらあ)』なんてものも載っていました。
 こちらは、普通の大学生がSF研究会に入って、無事、ファンダムのなかで大物になるか、それとも早めに足を洗ってまっとうな社会人になるかの選択を迫られるのですが、当然、このゲームではカタギの職業についちまう奴なんざあ、チキンです(笑) なんと業の深いゲームでしょう。
 こういう尖った企画ができたくらい、SFとRPGは仲がよかったわけですね。


 やや脱線しました。
 エベロン世界が面白いのは、SF/ファンタジー的なガジェット(「充分に進化したテクノロジーは、魔法と見分けがつかない」byアーサー・C・クラーク)が、フレーバーの領域に留まらず、ゲームシステムの理屈で駆動していくところです。非常に精緻に架空世界が構築されていて、その構築の様子を外から眺めるだけではなく、実際に、ゲームを通して再解釈できるところに、私のなかのSFファンな部分がビビっと反応します。
 しかも、ゲームの論理が、「実社会の劣化コピー」ではなく、「きちんとした架空の社会」を構築しているがゆえに、リアリティを感じるのです。


 例えば、私はエベロン世界最大の都市であるシャーンの街を、クリストファー・プリーストの『逆転世界』にイメージが近いと感じています。ちなみに、『逆転世界』の訳者は、あの安田均先生です!
 もちろん、シャーンはパクリな都市じゃないので、『逆転世界』とは細部がまるで異なりますし、そもそも自律して移動できませんし、ゲーテッド・コミュニティっぽくもないわけですが、社会の創り方に、なんとなく近い匂いを感じるというわけです。あくまで「匂い」のレベルではありますけどね。
 参考までに、『逆転世界』のレビューを貼っておきましょう。


・『逆転世界』レビューサイト。
http://libros.exblog.jp/5396911/


逆転世界 (創元SF文庫)

逆転世界 (創元SF文庫)


 また、ゲーム世界内の立ち居地的には、『逆転世界』っぽいかな、と思いつつも、ヴィジュアルイメージそのものは、現実世界のニューヨークに近いと思っています。
 建築家、レム・コールハースの『錯乱のニューヨーク』という本で解説されていますが、ニューヨークという街が成立する過程は、まさにSFだと言えるでしょう。


・『錯乱のニューヨーク』のレビューサイト。
http://bp.cocolog-nifty.com/bp/2004/08/post_7.html

錯乱のニューヨーク (ちくま学芸文庫)

錯乱のニューヨーク (ちくま学芸文庫)


 以前、ダンジョンマスターが集まって飲んだときに、『D&D』がモデルとしている田園風景が『AD&D』2版まではヨーロッパだったが、『D&D』3版以降はアメリカになったという話があって、なるほどと思ったものですが、『錯乱のニューヨーク』を読むと、そうした感触が裏付けられたように思えてきます。


 そういえば、都会をもとにした冒険といえば、レイモンド・チャンドラーのハードボイルド・ミステリも重要です。もっとも有名なものの1つとして、村上春樹による新訳が出たばかりの『ロング・グッドバイ』が挙げられます。
 実際読んでみると、かなり面白かったです。エベロン世界では、同じチャンドラーの『大いなる眠り』の方もよく言及されるので、こちらもチェックしてみて下さい。


ロング・グッドバイ

ロング・グッドバイ


 ニューヨーク的なメトロポリスと言えば、エベロン世界は大戦間期〜1930年代のヨーロッパをモチーフにしているらしいので、当然、フリッツ・ラングが監督した映画、『メトロポリス』は外せないでしょう。
 原作もありますが、エベロン世界特有のダークな色調やイメージは、やはりこの映画の影響が多いような気がします。
 トップ絵は、『メトロポリス』の一場面です。


Wikipediaの、『メトロポリス』の紹介文。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%9D%E3%83%AA%E3%82%B9_(1927%E5%B9%B4%E3%81%AE%E6%98%A0%E7%94%BB)


・『メトロポリス』解説サイト。
http://cinema-magazine.com/old_page/kansou/metoroporisu.htm

メトロポリス [DVD]

メトロポリス [DVD]


 以上つれづれと、ワールドセッティングに取り入れられた、SFや都市論・ミステリーの根幹部分の、さわりを紹介してみました。
 エベロン世界は、SFが好きな人にも、レイモンド・チャンドラーのミステリを愛する人にも、もちろんヒロイック・ファンタジーRPGが好きな人にも、共通して開かれているワールドです。
 私が書いたエベロン・リプレイ「Secret Struggles in Sharn」では、その一端を紹介させていただきましたが、また機会があれば、エベロン世界の楽しさを紹介できたら良いな、と思っております。