大森望さんの『オスカー・ワオ』評

 「Web本の雑誌」に、大森望さんの『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』評が掲載されています。愛に満ちたレビューで、素晴らしい。

http://www.webdoku.jp/newshz/ohmori/2011/03/10/111819.html

 でも、「オタクの話はちょっとなあ……」と二の足を踏んでいる方がいらっしゃるかもしれません。そうした方々のため、簡単ですが補足をしておきます。大森さんの記事に不満があるというわけではありません、念のため。
 ずばり『オスカー・ワオ』で書かれている内容は、表層としての「オタク」とは全く異なるもの。出てくる固有名詞にはすべて意味があり、その固有名には、それぞれ独自の小宇宙があるのです。例えばオスカーが目標としていたゲイリー・ガイギャックスの小説SAGA OF OLD CITY,1985を実際に紐解いてみると、グレイホーク・シティのスラムの描写の妙に驚かされます。そして、AD&Dを原作にしているからこそなしうる視点の取り方もあり、他の小説では味わえない豊かな読書体験を得ることができました。
 そもそもゲーム小説は、幻想文学の流れでは低く位置づけられることが多く、「ゲーム的」な要素は否定されることも多いのですが、そうした否定辞のもとに想定されているようなスタイルとは、ガイギャックスの小説は一線を画しているようにも思えてきます。
 一例を出しましたがいずれにせよ、フックとして「オタク」という呼ばれ方さえすれども、本書に出てくる固有名詞は、もともとは「オタク文化」として十把ひとからげにされて終わるものではまったくない、ということは確かであり、『オスカー・ワオ』は、そのことをよくわかったうえで戦略的に書かれたテクストだと、私は考えています。より踏み込んだ内容については、また別に詳しく語る機会もあることと思います。
 なおオスカー自身、後半部をお読みいただけばわかりますが、一本芯が通った、“漢(おとこ)”にほかなりません。それは蔑称としての「オタク」とはまったく別物でしょう。
 だからオタクが苦手な人も、安心して本書をお読み下さい。

オスカー・ワオの短く凄まじい人生 (新潮クレスト・ブックス)

オスカー・ワオの短く凄まじい人生 (新潮クレスト・ブックス)