『向井豊昭傑作集 飛ぶくしゃみ』が刊行されます。

 2013年8月に刊行された「早稲田文学6」には、向井豊昭アーカイブから「用意、ドン!」と、解説「二〇一三年の向井豊昭」が収録されましたが、このたび未來社から私の編集になる『向井豊昭傑作集 飛ぶくしゃみ』が刊行されることになりました。「名著発見/古典再読」の帯でお馴染み、「転換期を読む」シリーズの一冊として刊行されます。

早稲田文学6 特装版

早稲田文学6 特装版

〔転換期を読む22〕  近代・アイヌエスペラント……その生涯をとおしてあらゆる「境界」を越えようとした作家、向井豊昭。その作品に作家存命中から注目してきた文芸評論家岡和田晃氏選による傑作集。


向井豊昭(むかい・とよあき)。62歳で中央文壇に現われ、三冊の単行本と無数の雑誌掲載作や未発表原稿を遺し、2008年に75歳で世を去った、いわば不遇の作家である。いまだその文業は、正しい評価を与えられていない。向井豊昭が多くの現代アイヌ文学の書き手と本質的に異なるのは、アイヌの出自ではないにもかかわらず、アイヌの問題を自らの核となるモチーフとして内に抱きながら創作を続けてきた点による。そのアプローチは、知里真志保が攻撃を続けた悪しきオリエンタリズムに基づく「アイヌ研究」とは性質を異にする。向井豊昭は、自らのルーツが征服者としての「ヤマト」に根づくものだとの自覚を持ち、それを痛みとして抱えながら、アイヌ問題について書き続けてきたからだ。だからこそ、そのテクストの真摯な読み直し(リ・リーディング)が行なわれれば、20世紀の「マイナー文学」(ドゥルーズガタリ)として、グローバリズムのもとに近年ますます反動的な強化が行なわれているように見える、国民国家のフレームへ新たな可能性の光を導き入れる端緒となりうるのではなかろうか。(岡和田晃向井豊昭の闘争──異種混交性(ハイブリディティ)の世界文学』〔近刊予定〕より)

 帯抜きの装丁。

 帯文。

人と人とを隔て、差別と抑圧を産み出す「境界」。その解体を目論み、死の直前までゲリラ的な執筆活動を持続した反骨の作家、向井豊昭(1933〜2008)。40年を越える執筆歴をもちながら、長らく黙殺されてきたその仕事を、若き文芸評論家・岡和田晃が、「近代・アイヌエスペラント」を軸に精選した傑作集。解説と詳細な年譜を付す。

 商業媒体でアンソロジーを編集するのは初めての経験でしたが、本文には綿密な校訂を行ない、初期の代表作である「うた詠み」から、70年代のエスペラントに関する仕事、「早稲田文学」時代、そして最晩年の仕事まで、コンパクトに作家の活動を概観できるような構成にするように工夫いたしました。表題作の「飛ぶくしゃみ」は小熊秀雄の「飛ぶ橇」を下敷きとした作品で、『怪道をゆく』と対になる作品です。

小熊秀雄詩集 (岩波文庫 緑 99-1)

小熊秀雄詩集 (岩波文庫 緑 99-1)

怪道をゆく

怪道をゆく

 小説だけではなくエッセイや翻訳を入れているのも、作家がいかにして「境界」を飛び越えようと試みたのかをお伝えしようという意図によります。また書誌的にも――今は入手困難な地方同人誌や30部程度しか刊行されなかった私家版からも作品を収めるなど――貴重な構成になっています。なかには発行部数15部(!)という作品もありますよ。

【収録予定作品】
「うた詠み」(1966年)
「耳のない独唱」(1968年)
「『きちがい』後日談」(〔エッセイ〕1969年)
エスペラントという理想」(〔エッセイ〕1974年)
「シャーネックの死」(〔エスペラント語翻訳〕1976年)
「ヤパーペジ チセパーペコペ イタヤバイ」(2003年)
「飛ぶくしゃみ」(2007年)
「新説国境論」(2008年)

 加えて、向井恵子さんによる油絵「豊昭像」に、作家の写真4葉を収録。収録作の初出媒体の写真、そして晩年ゲリラ的に刊行された個人誌「Mortos」の写真などを収めた口絵が冒頭に入ります。そして、解説と、詳細な年譜が末尾に添えられています。価格も当初は【2,400円+税】でしたが、より多くの人に手にとってもらえるようにと【2,200円+税】に下がりました。これまで学術出版社の本を取り上げたことがない、あるメジャーな雑誌でも紹介記事が載る予定です。ご注目ください。

《著者略歴》
向井豊昭(むかい とよあき)
1933年東京都生まれ。祖父は詩人の向井夷希微(いきび)。東京大空襲を経て、下北半島の川内町(現むつ市)に疎開、中学卒業後は鉱山で働きながら青森県立大湊高等学校定時制川内分校に通う。鉱山労働で結核となり、長い療養生活を経た後、玉川大学文学部通信教育課程で教員免許を取得し、北海道日高地方の小学校で25年間勤務した後、上京。1966年、手書きの私家版で発表した「うた詠み」が「文學界」に転載され、注目を集めた。上京後の1996年、「BARABARA」で第12回早稲田文学新人賞を受賞、高齢ながら反骨の「マイナー文学」の作家として注目を集める。商業出版の単著としては、『BARABARA』(四谷ラウンド、1999)、『DOVADOVA』(四谷ラウンド、2001)、『怪道をゆく』(早稲田文学会/太田出版、2008)の三冊を遺した。死の直前までゲリラ的な作品発表を継続したが、2008年、肝臓癌で逝去。没後5年目の2013年には、遺稿から「用意、ドン!」が「早稲田文学6」に掲載された。その膨大な作品の一部は有志による「向井豊昭アーカイブ」で公開されている。教育者の立場から「アイヌ」問題に深く関わった先駆者の一人であり、エスペランティストとしても記憶されている。また、祖父をはじめ、埋もれた先駆者を再評価する文芸評論も多数発表している。


《編者略歴》
岡和田晃(おかわだ あきら)
1981年北海道生まれ。早稲田大学第一文学部文芸専修卒業。批評家、ライター。日本SF作家クラブ会員。2010年、「「世界内戦」とわずかな希望 伊藤計劃虐殺器官』へ向き合うために」で第5回日本SF評論賞優秀賞を受賞。著書に『アゲインスト・ジェノサイド』(アークライト/新紀元社、2009)『「世界内戦」とわずかな希望 伊藤計劃・SF・現代文学』(アトリエサード/書苑新社、2013)『向井豊昭の闘争 異種混交性(ハイブリティディ)の世界文学』(未來社、近刊)。編著に『北の想像力 〈北海道文学〉と〈北海道SF〉をめぐる思索の旅』(寿郎社、近刊)。翻訳書に『ミドンヘイムの灰燼』(ホビージャパン、2008)『H・P・ラヴクラフト大事典』(共訳、エンターブレイン、2012)など。晩年の向井豊昭と交流があり、作家の没後は遺稿の自費出版や向井文学についての講演を実施するなど、積極的に再評価を進めている。