第35回日本SF大賞推薦文

 第35回日本SF大賞のエントリー募集に推薦文を寄せました。すでに日本SF作家クラブの公式サイトにも掲載されていますが(http://sfwj.jp/awards/Nihon-SF-Taisho-Award/35/entries.html)、こちらにも、念のために再掲しておきます。文字数の関係で若干整理したものを、もとのVerにて掲載している次第です。

 
牧眞司編『柴野拓美SF評論集 理性と自走性――黎明より』(東京創元社
日本SF界の“育ての父”こと柴野拓美(1926〜2010)。SF翻訳やファン活動の先達として、その業績を讃える者は今なお後を絶たない。本書はそうした多様な顔を包含したうえで、SF評論家としての柴野拓美像を確固たるものとした記念すべき書物だ。舌鋒鋭い時評は一見の価値があるし、「ハードSF」をめぐる定議論は応用性が高い。だが、ここはやはり、「「集団理性」の提唱」「ミュータント児童を考える」「コンピュータ時代の選挙と議会」等、早すぎたポストヒューニズム論者としての柴野拓美に注目すべきだろう。アカデミズムで“人間の死”が謳われる遥か以前、柴野拓美はSFの海に深く沈潜し、ヒューマニズムの彼岸を見据えることで、新時代の文学の相(かたち)を懸命に模索していた。今では入手困難なテキスト群を丁寧に渉猟し(「SF論叢」のインタビュー再録という英断に拍手!)、見事にまとめ上げた編者の情熱に脱帽する。


上田早夕里『深紅の碑文』(早川書房
同じ著者の『華竜の宮』における「空白の四十年間」を能う限り詳細に描写した本作は、ポリティカル・フィクションとしての側面を徹底させ、敢えて「インサイダーSF」(眉村卓)としての「水平」的なスタイルを採ることで――『華竜の宮』が描いた「プルームの冬」――すなわち破滅に向き合う者の奏でる音楽を通して示した澄明な「垂直」性を見事に補完し、作品内の表象を越えて読者に「悪夢を想像する力」を与えてくれる。文章の隅々には緊張が漲り、海賊団ラブカのリーダーであるザフィールの屈折に満ちた人物造形は、世界観と見事に連動している。地政学的なシミュレーションとしても一級品だ。現行の出版状況を鑑みるに、このような大著をひもとくことができるのは、まさしく僥倖と呼ぶほかない。日本SF大賞受賞に相応しい傑作と言える。
(参考:「空間秩序と『深紅の碑文』――悪夢を想像する力」、「SFマガジン」2014年2月号)


仁木稔『ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち』(早川書房
ラテンアメリカ文学東洋史学のディシプリンを自在に駆使し、今年でデビュー十周年を迎えた仁木稔。五年ぶりの著作となる本書では、9・11以後に顕著となった「世界内戦」という状況下、加速化する陰謀論と排外主義に席捲された未来像が、五つの中短篇を通し、多様に考察されていく。SFマガジン読者賞受賞作「はじまりと終わりの世界樹」のヴィジョンに瞠目すべし。加えて、環境管理型権力ゲーミフィケーションを世界観へ見事に融合させる戦略に顕著な、「科学批判」の精神を見過ごしてはならない。先の日本近代文学会2014年度秋季大会のパネル発表「「世界内戦」と現代文学――創作と批評の交錯」で仁木は、自身の創作の背景に宿るユートピア文学の伝統について解説したが、まさしく本書の批評性は、自己充足的なエンターテイメントの枠組みを越えた世界文学としてのスペキュレイティヴ・フィクションとして受け止められる必要がある。


相沢美良、伏見健二『なぞの鳥をさがせ!――ブルーシンガーRPG 勇者編』(国土社)
著者らは『ブルーフォレスト物語』(1990)発表以来、会話型ロールプレイングゲームRPG)とSF/ファンタジーの両方の分野で精力的に活動を続けてきたが、その最新作にあたる本作は、“児童文学のレーベルで発表されたシナリオオリエンテッドなストーリーゲーム”という未曾有の試みになっている。読者は記述された冒険を読むことでまず愉しみ、それを受け入れ、咀嚼し、自分自身の「ナラティヴ(語り)」で変奏しながら、ゲームマスターとして友人とその体験を共有することで作品世界を広げていくことになる。旧来のRPGにおいて根幹にあたると思われてきた戦闘等のルールは自然に廃され、むしろ参加者のイマジネーションをいかに効果的に膨らませるのか、「ナラティヴ」の原点に立ち返った効果的なデザインがなされている。SF/ファンタジーとゲームは姉妹とも言うべきジャンルだということを鑑みれば、本作はSF/ファンタジーにおける表現へ、革命をもたらしたと評価することができるだろう。


大西赤人責任編集「季刊メタポゾン」(メタポゾン/寿郎社
本誌は「デジタルメディアとりわけ電子書籍の普及が進む今日、あえて紙のメディアの存在意義を探ろうとする雑誌」として2011年1月に創刊された。既存の文芸誌の枠にとらわれず、また3・11東日本大震災福島第一原発事故等の社会問題を一貫して紙面に取り上げている硬質の商業誌であるが、実はSFにも深く理解を示しており、7号からは「連作評論」として、石和義之・宮野由梨香・高槻真樹・忍澤勉らのSF評論へ大きく紙面を割くとともに、樺山三英の(某著名文芸誌にて掲載直前に没となった)問題作「セヴンティ」や、川勝徳重による藤枝静男「妻の遺骨」劇画版など、革新的なスペキュレイティヴ・フィクションへ貴重な発表の場を提供した。SF評論やジャンル横断的な作品をめぐる厳しい現状をふまえれば、本誌の挑戦はもっと評価されなければならない。本誌に縁が深い故・大西巨人をSFの文脈で評価する意義も込め、SF大賞に推薦したい。


※今回エントリーしているもののほか、藤井太洋『オービタル・クラウド』をSF大賞にエントリーする予定でしたが、すでに推薦文が充実しているので、今回は屋上屋を架す真似は行わないことにしました。あしからずご諒承ください。