「FT新聞」No.2904に、『エルリック!』のリプレイ「ヴェルヴェット・サークルの夢の果てに」が一挙掲載

2021年1月5日配信の「FT新聞」No.2904に、『エルリック!』のリプレイ「ヴェルヴェット・サークルの夢の果てに」が一挙掲載されています。ムアコックと「エルリック・サーガ」、システム紹介、丁寧な記述のリプレイ本編、400字詰め原稿用紙換算150枚超の記事となります。


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エルリック!』リプレイ「ヴェルヴェット・サークルの夢の果てに」 No.2904

 
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エルリック!』リプレイ
「ヴェルヴェット・サークルの夢の果てに」

著:岡和田 晃
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 アリオッチ神、わたしがなりたいのは、御身かわれ自身かということを問うておられるのなら、わたしはやはり自分自身でありたい。永遠の<混沌>は永遠の<法>同様に、あるいはそのほかの恒久なもの同様に、退屈なものにちがいなかろう。ある意味での死だ。わたしはこの多元宇宙にいつくしむものが、御身より多くあるぞ、魔神殿。わたしはまだ生きている。私はまだ生者のうちにある。
           ——マイクル・ムアコック『薔薇の復讐』(井辻朱美訳)

 こうして運命は、<法>がこの世を支配するための殉教者にエルリックをしたてるわけだ、友も敵もひとしなみに殺して、魂をすすって、必要な力を与えてくれる剣を配して。そしてわたしに悪と<混沌>を倒せとて、悪と<混沌>に縛りつける——だが、わたしはそうやすやすと言いなりになる頓馬にはならぬし、嬉々として犠牲になるつもりもないぞ。そうとも、わたしはいまもってメルニボネのエルリックなのだ。
           ——マイクル・ムアコックストームブリンガー』(井辻朱美訳)


マイクル・ムアコックとは?

 マイクル・ムアコックというイギリス出身の幻想作家がいます。簡潔にして流麗な文体を持つ名文家で、キリストを題材にした『この人を見よ』でネビュラ賞マーヴィン・ピークへ捧げられた『グローリアーナ』で世界幻想文学大賞受賞と、小説家としても優れた才能を発揮していますが、『ニュー・ワールズ』という先鋭的なSF雑誌の編集長を務めたり、『ホークウィンド』というロックバンドでのヴォーカリストとしての経歴も持つ多芸多才な人物です。
 ムアコックのバンド活動である『ホークウィンド』のアルバムや、『マイクル・ムアコック・アンド・ディープ・フィックス』のアルバムは、今でも手軽に入手できますし、音源を聴くことのできるサイトもあります。

 小説家としてのムアコックの代表作は、すばり「エルリック・サーガ」です。運命に呪われた白子の公子「エルリック」と、彼が手にしている人の魂を啜る魔剣「ストームブリンガー」が、神々に弄ばれ<法>と<混沌>との間を揺れ動きながら、文字通り世界の運命を巡って闘うという、ヒロイック・ファンタジーの王道を行く物語で、後のファンタジー小説RPGなどに絶大な影響を与えました。古典とみなされることも多いですが、細々とムアコック自身の手によって続編が書き継がれており、時代の変遷と共に作品世界の思想は常に深められていっています。
 ストームブリンガーエルリックの意志とは無関係に、敵のみならず、エルリックに近しい人間にも襲いかかり、結果として彼は次々と仕事の依頼人や友人・恋人などを手にかけてしまいます。そして、奪われた婚約者を救出しようとする過程で、自らがかつて皇帝として君臨していた祖国メルニボネをも滅ぼしてしまいます。

 しかし、生来の虚弱体質であるエルリックは、魔剣が殺した相手から吸い取って分け与えてくれる生命エネルギー無しでは生きていくことができないのです。それゆえに、ストームブリンガーの邪悪さを業として背負い込まざるをえなくなります。
 そのうえ、やむをえず接触した<混沌>の魔神アリオッチが、行く先々で陰謀を巡らしているがゆえに、禍根を断ちきろうとするエルリックの行為は、すべからく裏目に出てしまいます。そして、神々の手駒として働くうちに<法>と<混沌>との闘いの帰趨を担うほど重要な存在となったエルリックは、<混沌>から世界を救うために奮戦するものの、最終的には自らの手で世界全体を滅ぼしてしまうのです……。

 エントロピーに侵食される世界を敵わないと知りながらも守り抜こうとする、アンチヒーローとしての色彩が強いエルリックですが、単なるハムレット的な悲劇の主人公、というわけでは決してありません。冒険を進めるうちにエルリックは、自らの生きる<新王国>以外にも世界は存在し、それらの均衡を保つために転生を繰り返しながら人知れず奮闘している、「エターナル・チャンピオン(永遠の戦士)」と呼ばれる人たちと知り合い、自分もそのなかの一人として闘い続ける運命にあるということを悟ります。
 こうしてエルリックは、<法>と<混沌>との闘争は常に繰り返され、その間にもエントロピーは侵食を続けているけれども、戦い続ければいつか真の意味での自由を獲得し、新たな価値観に基づいた世界を作り上げることができるかもしれない、という、微かな希望の光を見出すのです。
 そして、ストームブリンガーによって<新王国>そのものが壊滅させられてもなお、エルリックたちによってもたらされた、来たるべき新たな世界の誕生は、確かな予感として物語全体を覆うに至ります。

 なお、エルリックの世界をムアコックの文章にててっとり早く体感したいという方は、旧版では『白い狼の宿命』、現行版では『この世の彼方の海』(ハヤカワ文庫SF)という文庫本に収録されている、『夢見る都』という短編がお勧めです。独立した物語として楽しめます。

●『エルリック!』とは?

 『トンネルズ&トロールズ』のデザイナーであるケン・セント・アンドレは、1981年に、このムアコックが手がけたファンタジー小説シリーズ「エルリック・サーガ」(邦訳は早川文庫。現行版では「永遠の戦士エルリック」シリーズ)をもとにしたRPG(会話型RPG、テーブルトークRPG)の『ストームブリンガー』をデザインしました。順調に版を重ね、第2版は1988年にホビージャパンから日本語版が刊行され(翻訳:安田均とグループSNE)、『クトゥルフ神話TRPG(クトゥルフの呼び声)』のディヴェロップメントで知られる、リン・ウィリスが整理した第5版が2006年にエンターブレインから日本語版が刊行されています(翻訳:江川晃とグループSNE)。
 注意していただきたいのが、原作付きのRPGだからといって、基本的には原作のキャラクターに成り代わって原作を追体験するゲームではない、ということです。もちろん、そのような遊び方もできますが、あくまで原作の世界観を体験するのが一般的なプレイスタイルであるといってよいでしょう。
 同じく原作付きのRPGである『指輪物語ロールプレイング』でもそうですが、原作のキャラを借りて同じようなストーリーを追体験するよりも、世界観だけを利用して、原作の要素は演出として利用した方が、プレイしやすいし、いたずらに物語が安っぽくなるのを避けることができるのですね。
 ベーシック・ロールプレイング・システムという技能ルールを中心にした簡素な汎用システムを母体としており、『ルーンクエスト』、『クトゥルフ神話TRPG』とほぼ同じ感覚でプレイすることができます。
 さて、『ストームブリンガー』のシステム的な特徴を思いつくままに書き出して見ますと、こんな感じでしょうか。

・原作モノにつきのものの「世界の狭さ」を感じさせない、骨太のデザイン・コンセプト
・『ベーシック・ロールプレイング・システム』ならではの、簡潔明快な判定システム(技能システム中心のD100下方ロール)
・原作に出てくる恰好いいキャラクター・クリーチャーやデーモンの設定が充実
・緻密でシビアな戦闘システム
・デーモンの召還を中心とした独自の魔法システム
・社会構造を反映させたリアルなキャラクターメイキング
・初期状態で旧版『ストームブリンガー』よりも数値的に強力なキャラクターを使用できること
・<法>と<天秤>と<混沌>の間で価値観が揺れ動くというシチュエーションを再現した<アリージャンス(忠誠)>のルール
・イメージ豊かな<新王国>という背景世界

 なかでも特筆すべきは、背景世界の<新王国>です。原作で描かれるファンタジーとしての豊穣なイメージを、うまく社会史的に読み替えてRPGの文法に当てはめることに成功しており、非常に魅力的なものに仕上がっていると思います。
 今回のセッションでは、『ストームブリンガー』第4版(未訳)と、第5版の間に発表された『エルリック!』というルールシステムを用いています。1995年にホビージャパンから発売されました(翻訳は北川直/ホビージャパンです)。『ストームブリンガー』と、基本的なシステム上の大きな変更点はありません。
 『クトゥルフ神話TRPG』と共通するルールで中世暗黒時代のヨーロッパをプレイする『クトゥルフ・ダークエイジ』(ホビージャパン、邦訳2005年)のデザイナーであるシュテファン・ゲシュべルトは、この『エルリック!』を熱心にプレイしており、『クトゥルフ神話TRPG』や『エルリック!』のルールを自分なりに改変していった結果、『クトゥルフ・ダークエイジ』の原型が形作られたとインタビューで答えています(「Worlds of Cthulhu」誌創刊号、2004年)

 説明としてはこれくらいで充分であるでしょう。
 実際、今回のリプレイではシステム経験者はゼロでしたし、原作を読んでいるのも私とエイワーのプレイヤーだけでしたので、お世辞にも予備知識が豊富とは言えない状態だったりしました。海外RPGを楽しむにあたり最も重要なのは、世界観の正しい理解であるので、この点、経験者がいない、という事実はかなりネックになってしまいます。
 ですが、プレイしてみた結果、楽しいセッションになったということは間違いありません。この楽しさを、皆様ともぜひ共有したいと思います。
 専門的な言葉は脚注で解説させていただきましたので、ごゆっくりリプレイをお楽しみ下さい!


↓リプレイ本編はこちら
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