「図書新聞」2025年6月7日号に、「〈世界内戦〉下の文芸時評 第一二三回「死後の生」を凌辱の反復とせず、「負債のエコノミー」として再解釈すること」が掲載

 早いところでは本日(JST)より発売中の「図書新聞」2025年6月7日号に、「〈世界内戦〉下の文芸時評 第一二三回「死後の生」を凌辱の反復とせず、「負債のエコノミー」として再解釈すること」が掲載されています。今回は、自民党西田昌司参議院議員による「ひめゆりの塔」の解説の歪曲を批判しつつ、以下の作品を取り上げました。紀要と批評に着目しています。
 取り上げたのは以下の作品です。

 

東京都立大学人文科学研究科西山雄二研究室紀要「リミトロフ」七号での森澤友一朗と杉浦順子の責任編集のルイ=フェルディナン・セリーヌ特集
・森澤友一朗「ツケまみれのセリーヌ――「なしくずしの死」三部作としての『戦争』『ロンドン』」(「リミトロフ」)
・有田英也「海と戦争――セリーヌ未定稿「戦争」に見る感情とイデオロギー」(「リミトロフ」)
・杉浦順子「セリーヌの「伝説」」(「リミトロフ」)
・彦江智弘「ルイ=フェルディナン・セリーヌの工学的エクリチュール――セリーヌル・コルビュジエアメリカ」(「リミトロフ」)
・ミカエル・フェリエ「セリーヌ――プルーストペレックの間で」(杉浦順子・今野健訳)(「リミトロフ」)
・有田英也・富山太佳夫共編『セリーヌを読む』(国書刊行会
セリーヌ『戦争』(幻戯書房、日仏翻訳文学賞奨励賞)
・宮崎裕助『ジャック・デリダ――死後の生を与える』(岩波書店
・五味渕典嗣「「知能化兵士」の憂鬱と感傷――伊藤計劃虐殺器官』における戦争と暴力」(「早稲田大学大学院教育学研究科紀要」三五号)
ジュディス・バトラー『自分自身を説明すること――倫理的暴力の批判』(佐藤嘉幸・清水知子訳、月曜社
樺山三英「藪/地獄」(「逆光線」二〇号)
・赤井浩太・松田樹編『批評の歩き方』(人文書院
・赤井浩太「ゼロ距離の批評――小林秀雄論」(『批評の歩き方』)
・小峰ひずみ「青春と悪罵――吉本隆明入門」(『批評の歩き方』)
・松田樹「あいまいな批評家の私――柄谷行人」(『批評の歩き方』)
・韻踏み夫「六八年の持続としての批評――絓秀実『小説的強度』を読む」(『批評の歩き方』)
・角野桃花「「孤児」よ、「痛み」をうめいて叫べ――『鬼滅の刃』と木村敏における自己と時間の再生」(『批評の歩き方』)
・森脇透青「批評と運動、あるいは東浩紀の批評的アクティヴィズムについて」(『批評の歩き方』)
・平坂純一「西部邁論――熱狂しないことに熱狂すること」(『批評の歩き方』)
・七草繭子「オブジェと円環的時間――澁澤龍彥論」(『批評の歩き方』)
・前田龍之祐「「反SFとしてのSF――山野浩一論」(『批評の歩き方』)
・安井海洋「見ることのメカニズム――宮川淳の美術批評」(『批評の歩き方』)
・岡田基生「「戦場」から「遊び場」へ――西田幾多郎三木清の関係性を手がかりに「批評」の論争的性格を問い直す」(『批評の歩き方』)
・長濱よし野「「あなた」をなかったことにしないために――竹村和子論」(『批評の歩き方』)
・笠間直穂子『山影の町から』(河出書房新社
黒田夏子組曲 わすれこうじ』(新潮社、新潮社紫式部文学賞

 その他、鎌田哲哉内藤千珠子大杉重男池田雄一石川忠司山城むつみセリーヌ『なしくずしの死』、『ロンドン』、「クロゴルド王伝説」『古謡集バルザス=ブレイス』、芥川龍之介「河童」、「或阿呆の一生」、「地獄変」、「藪の中」、柄谷行人『批評とポスト・モダン』、『トランスクリティーク』、『遊動論』、神山睦美、ユイスマンス『さかしま』、澁澤龍彥『高丘親王航海記』、劉慈欣『三体』、ブランショ黒田夏子「タミエの花」、ジョーン・ロビンソン『思い出のマーニー』等にも言及しています。
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チケットの半券、テキストの画像のようです