ニコス・カザンザキスの『その男ゾルバ』を読み終わる。傑作。


 三島由紀夫安部公房と対談したとき、サミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』を評して、
「僕はあの戯曲、『ゴドー』が最後までやって来ないというのに、我慢がならんのですよ」
 と言ったうえで、安部と何度か言葉を交わし、結局は、
「しかし、『ゴドー』がやって来ないというのが、結局は20世紀というのものなのでしょうなあ」
 などと、半ば自嘲気味に述懐していたことがあったように記憶しているが、たとえ超越的に「ゴドー」を登場させずとも、20世紀文学は可能でありえたのだ、ということを示す、偉大なメルクマールである。 『その男ゾルバ』は。
 三島君、カザンザキスを読んでいたら、そうして、そこに差し挟まれた、


ギリシアを憎悪した、一人のギリシア人、ここに眠る」


 という透徹した、それでいて血を吐くような記述を目にしていたら、君も、切腹なんてせずにすんでいたのかもしれないよ? 

 
 ほとんどスピノザ的なまでに瑞々しく美しい情景描写は、ランペドゥーサの『山猫』をさらに推し進めたようなある心境の高みに達しており、ちょっと僕が知っているなかでも類がない。