『ファイティング・ファンタジー』プレイリポート「ソフィーと10の扉」

 「Lead&Read」に私が書いたD&D3.5版のエベロン・リプレイは、大量にサプリメントを導入し、かなり細かくシステムを適用したセッションになっています。それは体系的なルールシステムと重厚な背景世界から紡ぎ出されるRPGならではの物語の可能性を紹介したいとの思いによるものですが、また一方で僕は、いわゆるテクスチャーを大事にすることで自由なロールプレイとストーリー創造を促す『キャッスル・ファルケンシュタイン』や『ワールド・オヴ・ダークネス』、『深淵』みたいなRPGを愛好してもいます。
 『R・P・G』誌のVol.1に収録された門倉直人・鈴木銀一郎・小林正親諸氏の対談でも語られていましたが、プレイヤーの「意思決定」とマスターのシナリオがマスタリングを通じてうまく交じり合って、イマジナリー・ボードが完成した暁においては、あえてルールを外して参加者の創造性に委ね、独創的な物語を追究するといったやり方が可能になります。そのような方向での可能性はもう少し模索されてもよい気がします。
 数値的なシステム管理とはまた異なった面白さ、RPGでしか体験できない物語の形式が、そこにはあるからです。そのうえで、背景世界と物語の関わりも大事になってくる。これは、批評として扱う価値のある重要なテーマだと思いますよ。


 そこで、「ルールを外した」セッションの具体的な実例として、おそらく世界でトップクラスにルールシステムが簡単であるにもかかわらず、生活感と幻想性に裏打ちされた世界設定で知られるRPG、『ファイティング・ファンタジー』を用い、物語性と設定の幸福な結婚を追究したプレイリポートをご紹介しましょう。

 ゲームマスターとプレイリポート執筆はfahさん。
 許可をいただいて、こちらに転載いたします。どうもありがとうございました!


ファイティング・ファンタジー』プレイリポート「ソフィーと10の扉」



 流れる血が冷たい床に広がり、視界が急速に暗度を増していく。年若い戦士は思う。まだ死ねない。まだ守るべき者がいる。
 たまさかこの様子を照覧あそばした女神リーブラは、青年をいたくあわれに思し召し、恩寵を垂れ賜うた。


 †


 贖罪の旅を続ける異形の戦士ムンセング、豪放なる北方の蛮人ハイグレイ、心優しきフラットランド人イヴン・ハッサージ、そして諦観と皮肉を友とする都会人ホームドライ。彼ら4人によって行われた髑髏砂漠南方に位置する遺跡の探索は、上首尾とはいいがたい結果に終わった。幾許かの金貨、そして数点の骨董を入手したものの、冒した生命の危険に対する代償としては、それはあまりにもささやかなものでしかなかった。
 それでも、骨董にはそれなりの価値があるかもしれない。その希望にすがり、一行は北部アランシアへの帰路についた。悪名高きポートブラックサンドに赴けば、この種の物品を売却する交渉相手には事欠かないことであろう。しかし、かつてこの頽廃の街で奴隷に身を落とす辛酸を嘗めたハイグレイは、ポートブラックサンド行に対して強硬に異を唱え、旧知である大魔法使いヤズトロモを訪問して直接取引を行うのがよいと言い張る。ひとまずは彼の主張を容れることとし、4人はダークウッドの森の外れに立つヤズトロモの塔を目指す。
 しかし塔の入り口には、「多忙につき面会謝絶」と書かれた板が掲げられており、呼びかけても答えはない。当ての外れた一行は、やむなくドワーフたちの鉱山都市ストーンブリッジヘ向かう。


 その途中、ダークウッドの森近くで野営していた4人を、2頭のスナタ猫が襲った。スナタ猫の透明化能力に苦戦する一行。しかし、そこに現れた見知らぬ戦士の助勢を得て、何とかこの獰猛な肉食獣を倒した。歴戦の風格を漂わせたその男はタンカレーと名乗る。タンカレーもストーンブリッジを目指しているとのことで、同行を申し出た。一行はこれを快く承諾する。
 ストーンブリッジ到着後、タンカレーと別れた一行は、ドワーフの工芸品店で交渉を行った。しかし、彼らの持ち込んだ物品はドワーフから見ればあまりにも華奢で、それゆえに価値の認められないものであった。只同然の買値を示された彼らは深く失望し、骨董の売却に関しては半ば諦めて次の仕事を探すこととする。
 とりあえず宿を定めると、そこでタンカレーと再会した。いつものことながらドワーフたちと豪傑呑みに興じ、狂乱の宴に身を投じたハイグレイを尻目に、他の3人とタンカレーは寝室に辞した。
 宴も終わりを告げた深夜、泥酔したハイグレイを除く3人は、タンカレーの眠る隣室にただならぬ気配を感じて目を覚ます。ゴボコボと水の流れるようなかすかな音。そして至近の死を想起させる冷たい瘴気。いち早く隣室に飛び込んだイヴンが見たものは、部屋の中央に佇立するひとつの人影であった。ランタンを掲げてその顔を照らしたイヴンは、この世ならざる相貌をそこに見た。眼窩はおぞましい粘液に満たされ、虚ろな口腔の奥からはねばついた液体が泡立つくぐもった音が響く。イヴンの姿を認めた「それ」は、(そのような存在にこうした感情が存在するとすれば)かすかな笑みを浮かべると、暗闇に溶けるように消えた。そして、その後に残されていたのは、恐怖の表情を浮かべたまま息絶えたタンカレーの骸であった。
 その後、ムンセング、ホームドライ、ようやく正気に戻ったハイグレイも部屋に駆けつけ、状況を調べる。まず目についたのが、壁に猫の血で大書された「H」の文字であった。そしてタンカレーの身体には何の外傷も見受けられない。あまりに異様な状況にただ立ちつくす4人。そんな時、イヴンが寝台の隅の毛布がかすかに震えていることに気がついた。まだ何かが潜んでいるのであろうか? ムンセングが毛布を引き剥がすと、小さな生き物がそこから転がりでた。
「あ、あ、あ、あいつは行っちまったのかい? 何てこった。こんなことになるなんて…」
 それはタンカレーのパートナーを自称する妖精、ギルビーであった。
 4人はあらぬ嫌疑を避けるため、タンカレーの死体を宿から運び出し、街外れに埋葬した。ギルビーの語るところによれば、タンカレーはヤズトロモの依頼を受け、とある魔法に必要となる触媒を集め、ポートブラックサンドに住む盟友ニコデマスに届ける使命を帯びていたという。ギルビー自身は詳しいことを聞かされていなかったようだが、とにかく重要な任務であったことは間違いなさそうだ。確かにタンカレーの背負い袋の中からは、ヤズトロモからニコデマスに宛てた羊皮紙が一巻と、触媒とおぼしき材料の入った小壜がいくつか見つかった。ギルビーは4人に対して、タンカレーに代わって荷をニコデマスに届けてほしいと懇願する。タンカレーには窮地を救われた恩もあり、どのみち次の仕事を見つけるためには大きな都市に出る必要がある。一行は妖精の願いを聞き、ポートブラックサンドに魔術師ニコデマスを訪なうこととした。今度はハイグレイも異論をはさまなかった。


 ナマズ川の河口近く。潮の香りに混じって、血と鉄と酒と排泄物と香水と垢の渾然となった悪臭が鼻をつく。あらゆる悪徳と腐敗がその存在を許された盗賊都市ポートブラックサンドがその威容を現していた。
 スナタ猫の毛皮で番兵を買収して正門を潜った一行は、心ならずも乞食に金貨をはずんでニコデマスの居所の情報を得る。「歌う橋」の下に住む陰鬱な老魔法使いは、ヤズトロモの親書を携えていることを告げると、冒険者たちを陋屋の中へと導いた。一行はこれまでの事情を簡単に説明し、ニコデマスに手紙を渡した。ニコデマスは険しい顔で文面に目を通していたが、読み終えると静かに呟いた。
「ヤズトロモめ、俺に厄介事を押しつけよる……」
 そしてしばしの黙考の後、4人に向かって語りかけた。
「善なる行いをなすものには、必ずや善なる神々の助けがあるもの。お前たち、見れば堅気の人間とは思えぬが、ここでひとつ功徳を積むつもりはないか」
「どういうことか?」イヴンは反問した。
「うむ。何から話すべきであろうかな。左様、お前たち、ザゴールという名を聞いたことはあるか。『火吹き山の魔法使い』と言った方が、通りがよいかも知れぬが」


 ザゴール。アランシアの冒険者たちの間では広く名を知られた邪悪な妖術師である。異教平原に聳える火吹き山に居を構え、長く人々に恐れられていた。しかし、1年ほど前、名もなき戦士にその命を絶たれたと噂されている。
 しかし、これはあまり知られていないが、ザゴールが運命の剣に貫かれたその時、火吹き山の頂上から南の方角に向かって赫い光を放つ流星のようなものが飛び去ったという。このことを知ったヤズトロモは、ザゴールによる復活の企てを疑い、広く調査を進めていた。
 そして、最近になって使い魔のひとつが看過しえない情報をもたらした。シルバートンの鍛冶屋シーグラム氏の一人娘ソフィーが、ザゴールが殪されたのと時を同じくして異常な夢に悩まされるようになり、1ヶ月ほど前からはついに目覚めることのない眠りに陥ってしまったという。単に無関係な夢魔の類の仕業であるかもしれない。しかし、流星の飛んだ方角、悪夢が始まった時期などにみられる奇妙な符合は、ザゴールとの関連を示すようにも思われる。
 ヤズトロモは考えた。それを確認するためには、アランシアではひとりニコデマスのみが能く用いる夢の術法――人間の精神を他者の夢の中に送り込む秘術――に頼る他ない。そしてヤズトロモはこの任務に最もふさわしい者を選び、ニコデマスの下に遣わした。


「だが、そのタンカレーという戦士は殺されてしまった。しかも話を聞く限り、刺客は邪悪な存在が好んで使う『死の使者』と呼ばれる妖魔とみて間違いない。これはヤズトロモの懸念を裏づける材料の一つでもあろうし、奴がそこまで力を取り戻しているとすれば、もう猶予はないということにもなる。
 そこでだ、お前たちには少女の夢の中に入って悪夢の原因を確かめてもらいたいのだ。
ことによればザゴールと対峙することになるかもしれぬ。正直なところ、危険は小さいとはいえぬ。しかし、それは多くの人々の苦しみを除く行いとなるであろうし、少なくとも一人の少女を救うことはできよう」
 事の重大さに4人は言葉を失う。しかし、ややあって答えを返した。
タンカレー殿には恩義がある。その果たしえなかった使命を継ぐことにどうして異論があろうか」とイヴン。
「私は、かつて罪を犯した人間だ。その罪を贖うための行いを、厭うことはない」とムンセング。
「袖振り合うも他生の縁といいますからね……。このような展開は予想していませんでしたが」とホームドライ。
 それは、各人なりの承諾の表現であった。
「よろしい。お前たちが善き光を胸に宿す者であることを嬉しく思う」
 そこでハイグレイが問うた。
「しかし、報酬はどうなるんだ?」
 ニコデマスはいささか鼻白んだ様子だったが、数瞬の後に答えた。
「まあ、よかろう。あまり無欲な人間というのも逆に信用できないものだ。望む者には俺から報酬としていくつかの魔術を伝授してやろう」
 ハイグレイもこれで納得した。最後にギルビーが甲高い声を上げた。
「俺も行く! このギルビー様は自分の仕事を途中で放り出しはしないからな!」
 一行はニコデマスに率いられてシルバートンへと向かい、シーグラム氏の鍛冶屋を訪れる。シーグラム夫人が彼らを娘の寝室に通した。寝台の上では、14歳になろうかという少女が眠っている。早速ニコデマスは夢の術法の準備を始めた。心配そうに見守るシーグラム夫妻の前で、4人と妖精ギルビーは少女の夢の世界へと入っていった。


 気がつくと、そこはわずかに桃色がかった乳白色の水晶からなる長い回廊であった。その回廊の端には、同じ材質で作られた扉がある。その扉を開けると、円形の大広間に出た。広間の反対側にはさらに10枚の扉が並んでいた。
「おじさんたち、誰?」
 背後から突然声をかけられ、驚いて振り向くと、そこにはソフィーの姿があった。しかし、奇妙なことにそのソフィーは10歳くらいにしか見えない。ムンセングが言う。
「私たちは、君をお父さんやお母さんのところに帰してあげにきたんだよ」
「お父さんやお母さんならここにもいるからいいの。それにこっちにはお兄ちゃんもいるし」
 言われてみればソフィーの寝室には、10歳くらいのソフィーともうひとり青年が描かれた絵が架けられていた。
「お兄さん? ひょっとして君の部屋に飾ってあった絵の男の人か?」
「そう。フィルっていうんだよ。あの絵はお父さんが私の誕生日に絵描きさんを呼んでくれたの。私、あの絵がとても好きなんだ」


 そして少女は扉のひとつを開け、その向こうに消えていった。少女を追って扉を開けると、そこはソフィーが幼かった日々の記憶の世界が広がっていた。風の吹く草原の丘。4歳のソフィー。いじめっ子を追い払ってくれた強くて優しい兄。
 ハイグレイとイヴンは、そこで兄妹と言葉を交わす。
「君は妹さんが好きなんだな」
「ええ、ソフィーはまだ小さいから、僕が守ってあげるんです」
 12歳のフィルは歳の割に大人びた答えを返した。
 いつしか景色は暗転し、兄妹の姿も消え、彼らの前には入ってきた扉のみが残された。


 次に一行はその隣の扉を試した。今度は川沿いの土手が続いており、どこからか草笛の音が聞こえてくる。ひとつの音色はよどみなく、ひとつの音色はたどたどしく。音の源をたどっていくと、そこには6歳のソフィーと14歳のフィルがいた。
 再びハイグレイとイヴンが声をかける。
「おじさんたち、冒険者ですか? 僕、いつか冒険者になりたいと思っているんです。冒険者になってお金をたくさん稼げば、父や母に楽をさせてあげられる……」
 イヴンは少年を諭す。
冒険者もいいことばかりではない。それに鍛冶屋というのも立派な仕事だと思うが」
「それはそうでしょうが、でも憧れなんです。実はこっそり剣の練習もしているんですよ」
「では儂がひとつ筋をみてやろうか」
 ハイグレイが言うと、フィルは喜び、自己流の剣を披露する。ソフィーも兄の勇ましい姿を見て喜んでいる。実際フィルはなかなかの腕前であった。ハイグレイは少年を褒めた後、自らも剣の腕を見せて、少年から尊敬のまなざしを受けた。暗転。


 次の扉には、昼寝から目覚めると家に独りきりであることに気づいて泣いているソフィーがいた。むくつけき男4人は慣れぬ子守りに戸惑うが、ギルビーを人身御供に差し出すことで難局を逃れた。人形遊びの道具にされたギルビーは半死半生の目に遭う。暗転。


 大広間に戻った一行は、ひとつの扉が無数の鎖で封じられている事に気づき、これはソフィーが自ら封印した記憶であろうと推測する。
 ひとまずその隣の扉に入ると、そこには最初に会ったこの夢の世界の主たるソフィーがいた。
「おじさんたち、まだいたんだ」
 そこは暗い空間で、幻燈のようにある光景が浮かんでいる。泣いている赤子をあやす女性の姿だ。女性の髪の色、目元にソフィーの面影がある。少女のソフィーはそれをじっと見つめている。
 彼らはソフィーに向こうの世界に帰るよう説得を試みるが、彼女はそれを拒む。ここには兄がいる。向こうにはいない。
冒険者になんて、なってほしくなかったな」
 暗転。


 やはり、封じられた扉には何かがある。しかも彼女の兄に関する重大な出来事が。シーグラム夫妻にそのあたりの話を聞かなかったことが痛切に悔やまれた。ハイグレイとムンセングは強引にでも鎖を破壊して扉を開けることを主張するが、ひとりイヴン・ハッサージはこれに反対した。無理に記憶の扉をこじ開ければ、ソフィーの心は深く傷つき、本当に現実に戻ることができなくなってしまう。イヴンの熱弁に2人は折れ、さらに夢の宮殿の探索を続けることとした。


 残された扉のひとつ、それにはこれまでにない特徴があった。桃色の水晶の中に、血管を思わせる暗紫色の筋が走っている。よくみればその周囲の扉にも同様の現象が広がっているようだ。
 扉の中は無限階段になっていた。曲がり角の多い階段を上がっていくと、いつしか元の場所に戻ってしまう。その時、曲がり角の向こうから、夢の主のソフィーが駆け上がってくる。何かに追われているようだ。ほどなくして姿を現したのは、体長20mはあろうかという巨大な龍であった。
 ホームドライが恐慌状態のソフィーを抱きかかえ、4人は扉から出ようとするが、扉は水飴のように溶け去ってしまった。もう逃げ場はない。覚悟を決めたハイグレイは剣をぬいて龍に挑む。ハイグレイは強烈な尾の一撃を受けるが、それと引き換えに龍の腹部に剣を突き立てる。すると龍は動きを止め、砂のように崩れ去ってしまった。
「戦ってみるものだな」
 安心したソフィーは泣き笑いの顔を見せる。
「助けてくれてありがとう。おじさんたち強いんだね。あ、でもお兄ちゃんはもっと強いんだよ」
「しかし、今君を助けてくれなかった」
「それは……」
「こっちのお兄さんというのは、本当に君のお兄さんなのか」
「あれはお兄ちゃんだよ! お兄ちゃんはソフィーのところに帰ってきてくれたんだ!」
「まあ、とにかくお兄さんと話をさせてくれないか。そうしたらお兄さんに龍をやっつけるコツを教えてあげてもいい」
 ソフィーは少し考えてから言った。
「……お兄ちゃんに相談してみる」
 暗転。


 大広間で一行はソフィーの帰りを待った。しばらくすると沈んだ様子のソフィーが戻ってきた。
「お兄ちゃんに怒られた。おじさんたちには帰ってもらえって。ここに外の人を入れちゃだめだって。あんなお兄ちゃん、初めて……」
 初めて兄に対する信頼の揺らぎを見せた彼女に今一度説得を試みるが、混乱したソフィーは、また別の扉に駆け込んでしまう。その扉も紫の侵食を受けていたが、構わず彼らは後に続いた。
 そこには大空が広がっていた。飛びゆくソフィーの姿が遠ざかる。「風のように自由な気持ちになれば飛べる」という今ひとつ具体性に欠けるギルビーのアドバイスに従い、4人も空中に身を躍らせてソフィーを追った。
 と、そこへ上空から飛来した鳥男が襲った。激しい戦いの末、4人は辛うじてこれを退ける。
 再度の怪物の襲来に怯えたソフィーは、うまく飛べなくなってしまったようだ。そんなソフィーを支えて、彼らは扉まで戻る。暗転。


 大広間にて、イヴンはソフィーに語りかける。
「君も本当は分かっているんじゃないのか」
 どこかで何かが砕ける音がする。
「ここにいるのは本当のお兄さんじゃないことを」
 また、砕ける音。
「本当のお兄さんは、もう、いないということを」
 封印された扉の鎖が砕け、床に落ちた。イヴンは彼女を扉の前に導き、自らの手でその扉を開けるよううながす。
 ソフィーはその扉を開けた。


 幻燈。赤みかがった映像。
 家族3人の食事風景。ノックの音が不意の来客を告げる。そこには礼装に身を包んだ男。
「サカムビット公の使いの者であります。御子息には果敢にも当市ファングの迷宮探検競技に挑まれましたが、奮闘およばず死亡されました。謹んで哀悼の意を表すものであります」
 表に停まった馬車から棺が運び出される。くずおれる両親。しかし少女は、玄関先までは出てきたものの、その光景を見るや慌てて食卓に駆け戻り食事を続ける。人形のように硬い表情で。
 夢の主のソフィーはいつのまにか映像の中にいた。彼女はゆっくりと棺に近づくと、中に収められた兄の顔に手を触れた。一筋の涙が頬を伝う。
「さようなら」
 暗転。


 後にはソフィーとその周りを心配そうに飛び回るギルビーが残された。彼女の外見はすでに実際の年齢のそれと同じくなっている。
 ムンセングが声をかける。
「君も、君のお兄さんと同じく、君自身の人生と戦いたまえ。そして、それこそが、お兄さんの望むことであるはずだ」
 少女は立ち上がり、涙を拭った。


 大広間に戻ると、夢の宮殿は粉々に砕け散り、遥か彼方まで続く水晶の平原が現れた。
 そこには、1人の男が立っている。姿形こそ青年期のフィルを真似てはいるが、その瞳に潜む狂気の色は隠しようもない。
「どうしたんだソフィー? どうして兄さんの言うことを聞けないんだ? その虫ケラどもをここに入れちゃ駄目だと言ったじゃないか! さあ、早く兄さんに力を貸しておくれ。そいつらはここから消し去らなくてはいけないんだ!」
 ムンセングが叫ぶ。
「ソフィー、君の兄さんは、あんな獣のような眼をしていたか? 虫ケラと人を蔑むような人間だったか?」
「……違う。お兄ちゃんはいつでも優しくて……。そう、あのお兄ちゃんは、もう、いない……」
 すると、突如として天空が強い輝きを放ち、光の奔流が視界のすべてを白く染めた。輝きがおさまった時、そこにいたのは豪奢な衣装に屈強な肉体を包んだ壮年の魔術師であった。


「このザゴールともあろうものが、詰めを誤ったというわけか? まあいい、すでに復活に充分な力は得ている。その小娘の力など借りずとも、お前たち虫ケラを潰すのは造作もないことだ」
 次の瞬間、ムンセング、ハイグレイ、イヴン・ハッサージ、ホームドライの4人はザゴールの手から射ち出された火球に吹き飛ばされていた。哄笑するザゴール。
「これが力の差というものだ」
 ザゴールは腰に佩いた魔剣を抜いた。4人も応戦するが、彼我の戦力差は大きかった。ザゴールはイヴンの伎倆がやや劣ることを見抜くと、そこに攻撃を集中し、イヴンはたちまち瀕死の状態に追い込まれる。ザゴールはイヴンの首に剣を突きつけ、昂然と言い放った。
「さあ、はいつくばって命乞いをしろ。そうすればこのザゴールに僕として仕えることを許してやってもよい」
 しかし、誇り高き平原人は言った。
「邪な術を用いて火吹き山を統べ、人々に苦しみをもたらした。それはまだいいだろう。しかし、無垢な少女を自らの生命を永らえるためだけの道具とした時、貴様は人であることをやめたのだ」
 敗者からありうべからざる憐れみを向けられて激怒したザゴールが剣を振り上げた刹那、ソフィーの手の中からギルビーが飛び出し、その針と見紛うばかりにちっぽけな剣をザコールの眼球に突き立てた。
 ザゴールは呻きながらも妖精の体をつかみ、地面に叩きつける。小さき者の命は砕け、ソフィーが恐怖に声を上げる。その時、いずこからともなく声が響いた。
「恐れるな、ソフィー。お前は本当は強い子だ。僕はいつでもお前を見ていた」
「お兄ちゃん?」
「恐れるな、ソフィー…」
 再び、天空が白く輝いた。


 醜悪な老人の手から剣が転がり落ちた。いまやその肉体は萎び、乾き、衣服の重みにすら耐えられない。「馬鹿な…、馬鹿な…」口からは譫言めいた呟きが漏れる。
 ムンセングの鎚とハイグレイの剣がその邪悪な者の残骸を破壊した。「火吹き山の魔法使い」ザゴールの最期であった。
 水晶の平原が消えていく。ソフィー・シーグラムの長い夢は終わった。
 暗転。


「ありがとう、妹を救ってくれて」
 暗闇の中、4人の前にはフィル・シーグラムの姿があった。 
「ソフィーはもう大丈夫だ。僕はもうあの子に必要ない……」
 フィルの顔には安堵と、そして若干の寂しさがあった。ハイグレイが頭を振る。
「お前の思い出はいつでも彼女とともにあるだろう」
「そうだね、時々思い出してくれるなら、それでいい。
 さあ、僕はもう行かなくては。
 短い間だったけど、君たちとの旅は楽しかったよ」
 彼らは、そのいたずらっぽい笑顔を知っているような気がした。


 4人は目を覚ました。ニコデマスが問う。
「おお、戻ったか。して、首尾は?」
「我々は、務めを果たした」
 ムンセングが答えた。
 そして、ソフィーも目を覚ます。シーグラム夫妻が感涙にむせぶ。
 ソフィーの手の中で、役割を終えたギルビーの肉体が光の欠片となって消えていく。
「さて、少し気を利かすとしようか」
 ニコデマスと4人は部屋を出た。
「よくやってくれたな」
 ニコデマスが労いの言葉をかけると、ハイグレイが言った。
「うむ。しかし、報酬は間違いないんだろうな?」
 偏屈な老魔術師は珍しくも苦笑を浮かべた。
「まあ、よかろう。あまり無欲な人間というのも逆に信用できないものだ」


END


セッション日:2002/03/24 



おまけ:このセッションにプレイヤー参加した、Thornのプレイリポート


○「フロストホルムの」ハイグレイ


 28歳。籠の月(12月)26日生まれのナイスガイ。フィヨルドの地フロストホルム出身の蛮族の戦士。技量ポイント12、体力ポイント16、運勢ポイント11(ちなみにファイティング・ファンタジーのシステムにおいては能力値はこの3つしか存在しない。決定の仕方は前から、1D6+6、2D6+12、1D6+6である)の猛者。鋼のごとき肉体を誇る。
 元服を済ませガランタリアへ向けて航海に出たものの、途中で海トロールの一群に襲撃され、単身命からがら逃げ延び、無人島でロビンソン・クルーソーのような生活を送って4年を過ごした。その後、たまたま漂流してきた高名な魔法使いヤズトロモの導きに従い、まるでオデュッセウスのごとく故郷へと帰還しようとしたのも束の間、今度は奴隷船に捕まってしまい、あわれ混沌と悪徳と腐敗に満ちた盗賊都市ポート・ブラックサンドへと売り飛ばされてしまった。そこで6年間奴隷として過ごした挙句、奉公先のオークの貴婦人を打ち殺し、必死で貯めた小金で衛兵を買収して、ようやくブラックサンドを後にすることができた。その後様々な冒険を経て現在に至る。
 こう書くと、まるでコナンのような典型的なバーバリアンのようかもしれないが、実は天賦の記憶力と繊細な感性を有しており、かつては一族の語り部として推挙されたこともあった。そのため数多の叙事詩を記憶しており、必要においてそれを朗々と歌い上げることができる。得意なナンバーは、一族の英雄を歌った「ビヨルングリムの生涯」。
 古くからの付き合いがあるためにドワーフたちとは仲がいい。彼らの強靭な肉体と不撓不屈の精神にはある種の畏敬の念すら覚えている。一方、オークとトロール、そしてエルフに対してはいわれなき偏見を抱いている。また、ブラックサンドでさんざんひどい目にあったのでヤズトロモ以外の魔法使いも大嫌い。
 当然ながら、酒豪である。特に気に入っているのは、西方産の氷巨人でさえも2杯で気絶してしまうという酒、「ホールドガットのスペシャルブルー」。しかし、さすがに若い時から飲みすぎたせいで肝臓が弱い。体力ポイントが低いのはきっとそのため。
 口癖は、「俺たちの部族では8歳の子供でもオークを殺すことを仕込まれるぞ!」、「魔法使いを信じるな!」
 ちなみに名前の出典はもちろん、永遠の名著、『トンネルズ&トロールズ』のルールブックより頂いている。キャラのイメージもそのままだ。ルールブックをお持ちの方は、彼が相棒のリゼやマイアマーとともにマンティコアやオーガーどもと死闘を繰り広げている勇姿をご覧いただきたい。そうすれば、私が目指した方向性を、多少なりとも理解していただけるはずだ。


 念願のファイティング・ファンタジーである。アドバンストではない。しかもプレイヤーだ。冗談抜きで、今までRPGしていて心底よかったと思った。ちなみに、このシステムでプレイするのは4回目だが、それらはいずれも入門者に対するタイマンか、簡略なシステムをネタに使ったよろしくないもので、まともなセッションになったのは今回が始めてであった。
 マスターがベテランのfahさんだったので、思う存分羽根を伸ばして自分のやりやすいキャラクターを作り、活躍させることが出来たと思う。この程度のバーバリーさはタイタン世界の標準とは言わないまでも、非難されるレベルには至らないと信じている。