【レビュー】 ダニガン『ウォーゲームズ・ハンドブック第三版』


 蔵原大さんがダニガン“Wargames Handbook”についての詳しいレビューを挙げられておりますので、ご紹介をさせていただきます。
 なお、“Wargames Handbook”の初版は、かつて『ウォーゲーム・ハンドブック』というタイトルで、ホビージャパンより翻訳されたことがありますので、ご存知の方もいらっしゃるでしょう(私も所持しています)。Avalon Hillの『タクテクスⅡ』に同梱されていた「シミュレーションゲーム入門」と並んで、シミュレーションゲームRPGの構造を論理的に理解するには最適な本だと思います。RPGに対して批判的とも取れる記述も存在しますが、その批判に対してどう応えるかも、またRPGにとっては重要な問題ではないかと思います。
 

ウォーゲーム ハンドブック

ウォーゲーム ハンドブック

<【レビュー】 ダニガン『ウォーゲームズ・ハンドブック第三版』> 2010年03月03日著


 本書は、ジョージア州立工科大学歴史学教授の著者がウォーゲームの概念、歴史および製作・実演の方法論を章単位で分類したウォーゲーミングの概説書である。

Wargames Handbook: How to Play and Design Commercial and Professional Wargames

Wargames Handbook: How to Play and Design Commercial and Professional Wargames

 元アメリカ陸軍砲兵である著者ダニガンは、1960年代より市販用ウォーゲームの製作者として活躍すると同時に、軍事演習に関する顧問としてアメリカ国防総省に助言を与えてきた。本書『ウォーゲームズ・ハンドブック』は、アメリカ海軍分析本部(Center for Naval Analyses)研究官のピーター・P・パーラ(Peter P. Prela)が記した『無血戦争』(The Art of Wargaming, 1990)と共にウォーゲーミング概説書として海外では知られている*1。ただしパーラが軍隊向けの「専門職用ウォーゲーム」を主に取り上げるのに対して、ダニガンが卓上・コンピュータゲームを網羅して「市販用」「専門職用」の別なく普遍的概念と具体例(著者製作によるWW2を対象としたミニゲーム)を提示し、研究・教育の実務者に対して即効的示唆を示している点はより注目すべきだろう。


 以下に本書全体の構成を示し、また本文を一部引用してウォーゲームの思想的骨格を紹介したい。なお本書中の引用・参照箇所はカッコ書きにして頁を示した。


 序論
 第1章 ウォーゲームとは何か?
 第2章 どのように実演するか
 第3章 なぜゲームを実演するのか(かつどのように教訓を引き出すのか)
 第4章 卓上ゲームの製作
 第5章 ウォーゲームの歴史
 第6章 コンピュータ用ウォーゲーム
 第7章 コンピュータ用ウォーゲームの製作
 第8章 誰がウォーゲームを実演するのか
 第9章 戦時におけるウォーゲーム
 結語
 補論


 ウォーゲームとは何か。ダニガンはそれは「過去に対する深い理解を得る事で未来に向かう一歩を踏み出す試み」「競技(game)、歴史、科学の混成物」と定める。その代表格として挙げられるチェスの場合、それを構成する「ルール(社会システム)」「コマ(軍隊ユニット)」「棋盤(地理的環境)」の三点はどれもウォーゲームに必須であると共に悉く実世界の模写であって、言い換えれば「ウォーゲームは現実的(realistic)でなければならない」。これが本書の基本的主張である(p.1)。


 ダニガンのウォーゲームは何を目的とするのか。「第三章 なぜゲームを実演(Play)するのか」は説明する。単なる遊戯を欲するならウォーゲームは不可欠ではないが、ウォーゲームを求める人々の多くは大合戦のような歴史的事象の検証、中でも「歴史のイフ」(what if)の概観を望む(p.107)。従ってウォーゲームの製作者は、史実では起きなかったとはいえ、起こりえたかもしれない歴史の別の流れをゲームとして表現しなければならない。これが著者の「非線形情報」(Non-Linear Information、pp.219-220)に基づく理念だ*2。


 この見解を踏まえてダニガンは、ウォーゲーミングとは歴史の分岐を明示するための「歴史シミュレーション(historical simulation)」(p.316)の手法だと認識して四つの必要条件を設けた。


○ 地形描写(Geography)
○ 戦闘序列(Order of Battle)
○ 模擬的現実(Simulational Realism)
○ 改変可能性(Dynamic Potential)


 上記の前者二つは、空間的・物理的制約(戦場や人的・物的資源など)の模擬を指すのに対して、後者二つが扱うのは、時間的制約もしくは戦略文化的制約の問題だ(pp.108-116)。具体的には「模擬的現実」とはウォーゲームが扱う史実上の事件で起きた、あるいは起こる可能性のあった出来事のみをゲーム中の現象として再演するという条件を、また「改変可能性」とはゲームが扱う事件の当事者が選択した、ないしは当事者にとって選択可能だったと思しき自発的行為に限ってゲーム中で再演するという条件を指す。それは、例えば1876年のインディアン戦争における「リトルビックホーンの戦い」をゲーム化する場合、ガトリング銃等の史実上の装備が登場・行使されるのは許されるとしても、「殺人光線銃(death ray gun)」等の非現実的存在を登場させたり行使するのはウォーゲームではなく「空想ゲーム(fantasy game)」への逸脱だ、という意味である(p.107)。これとは別にインテリジェンス研究の分野では、政策決定者が自らが好ましいとする主観に沿って情報を取捨曲解する振る舞いを「情報の政治化」と呼称するが*3、ダニガンの空想ゲーム批判がそれに類義した概念を含んでいる点は注意すべきであろう。


 本書『ウォーゲームズ・ハンドブック』を読了すれば、その骨子はウォーゲームに代表される「シミュレーションゲームの本質は、細かく定義された制限下で、何らかの方法で明確に選定された歴史的事象(strictly predetermined historical event)の広範囲な多様性(variety)を許容する点にある」事の強調にあることがわかるはずだ(p.107)。


【脚 注】
(*1)パーラの邦訳はピータ・P・パーラ、井川宏訳『無血戦争 The Art of Wargaming』ホビージャパン、1993年。
(*2)「非線形」とは、原因と結果の直線的関係を想定した「線形」モデルに対して、単一の原因が単一の結果をかならずしも生むわけではなく、単純な条件下でも複雑な状況が形成されることを称して非直線的因果関係=「非線形」という意味で用いられる。猪口孝田中明彦・恒川惠市・薬師寺泰蔵・山内昌之共編『国際政治事典』弘文堂、2005年、856頁。
(*3)小谷賢『日本軍のインテリジェンス なぜ情報は活かされないのか』講談社、2007年、188頁。


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○ The Complete Wargames Handbook:
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○ James F. Dunnigan provides commentary on wargames, history, military strategy and his books.:
( http://jimdunnigan.com/ )


(蔵原大)

 なお、蔵原大さんはミクシィでも優れたレビューを沢山書かれておられますので、ご興味のある方はぜひアクセスされてみて下さい。
 ミクシィネームは「くらはら」です。