ピーター・ディキンスン『生ける屍』が復刊します

 サンリオSF文庫で最も入手困難と言われ、古書では6〜12万円くらいの価格が珍しくなかった、あのピーター・ディキンスン『生ける屍』が、ちくま文庫から復刊します!(http://www.chikumashobo.co.jp/comingbook/ )。俳優の佐野史郎さんが帯と推薦文を寄せています。推薦文は、文庫の後ろに入るのものの一部が帯に引用される形になります。私は解説を担当させていただきました。つまり、ちくま文庫版『生ける屍』には、佐野史郎さんと岡和田晃、二人の解説文が入るわけです。
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生ける屍 (ちくま文庫 て 13-1)

生ける屍 (ちくま文庫 て 13-1)

独裁者の島に派遣された薬理学者フォックス。秘密警察が跳梁し、魔術が信仰される島で陰謀に巻き込まれ……。幻の小説、復刊。
Amazon.co.jpの紹介文より)

 もっとも、『生ける屍』は古書価は高いが内容はどうも……という意見があるようですが、今回、時間をかけて精読した結果、残念ながら、それは浅薄だと結論づけざるをえませんでした。はい、『生ける屍』は大傑作です。太鼓判を押しておきます。トマス・ディッシュ『キャンプ・コンセントレーション』への返歌のような、幾重にも捻りのきいたブラックユーモアにあふれた逸品で、多層的な読み方が可能、あなたの知性に挑戦します。ジーン・ウルフグレアム・グリーン、そしてイヴリン・ウォーらの作品に魅了されたことがある方は、是非お手にとってみてください。
 私は『魔術師マーリンの夢』の邦訳にリアルタイムで触れ、それまであまりにも高価で手が出なかった『キングとジョーカー』復刊に立ち会って感涙した世代ですが、初めて読んだ時から、ディキンスンという作家への敬意は微塵も揺らいでおりません。解説を書くにあたって、伝説の『青い鷹』など、ディキンスンの既訳を取り寄せて総ざらいしましたが、まさしく「捨て作」がない作家と感じました。
 「SF」や「ミステリ」といったジャンルの読者を満足させる奥深さを備えながら、軽やかに領域を横断してみせる魅力的な作風。一説には、『生ける屍』は両方の読者が争奪戦を繰り広げたがゆえに稀覯書になったとも言われています。「マニア御用達の作家」、「どの本も古書価がやたらと高い作家」というレッテルが貼られているディキンスンですが、単なる悪しき意味での「趣味的」な作風とは縁遠く、批評的に精読して味が出てくる作家であり、解説ではそのためのヒントも散りばめました。
 ――世界認識の更新のために!


 ディキンスン作品を未読の方は、この機会に『キングとジョーカー』に触れてみてください。ここまで作り込まれた作品には、いわゆる「翻訳もの」でも、滅多にお目にかかれません。それでいて会話も描写も洗練のきわみ。あるいは2006年に訳し下ろされたピブル警視シリーズ第3作の『封印の島』は、怪しさ爆発の教団と「共生関係」にある2回のノーベル賞を受賞している科学者にピブル警視が会いに行く話ですが、緊迫感が最高。キッチュで過激な世界観、それとホレイショ・ホーンブロワーがお好きな方は、『封印の島』から入ってみるのも面白いかもしれません。

キングとジョーカー (扶桑社ミステリー)

キングとジョーカー (扶桑社ミステリー)

封印の島 (論創海外ミステリ)

封印の島 (論創海外ミステリ)

 私のお気に入りは『青い鷹』です。ル=グウィンの『こわれた腕環』を彷彿させながら、何段階も内的成長を掘り下げる作品で、その昏いトーンに共鳴するとともに、衝撃を受けました。
 せっかくの機会ですので、サンリオSF文庫版(1981年刊行)ピーター・ディキンスン『生ける屍』の書影も紹介させていただきます。サンリオSF文庫の編集顧問だった山野浩一さんから、お譲りいただいたものとなります。両脇の2冊にも要着目!