「エルバーフェルト日記」http://elberfeld1979.spaces.live.com/default.aspxのヴッパータール人さんから、マティアス・マルティネス/ミヒャエル・シェッフェル『物語の森へ――物語理論入門』(林捷、末長豊、生野芳徳訳)、法政大学出版局、2006(原著1999)をご恵投いただきました*1。
ありがとうございます。
一読してびっくりしましたが、これは非常に手堅く、まっとうなナラトロジー(物語論)の入門書でした*2。
『ヴェニスに死す』などのよく知られたドイツ文学を例に出すことで、それらがどのような「語り」から成り立っているのかを詳らかに解説してくれます。
序文から、本書の性質を紹介している箇所を引用してみましょう。
本書の構成は体系的である。物語理論の他の概説書と異なり、物語の「いかに」とともに「何を」を包括している。さまざまな時代の作品と文献から多くの具体例を用いながら、本書は、物語テクストの詳細な分析を可能とする諸概念と記述モデルへの案内となっている。
また、その差異に、他の入門書で軽視されている観点(たとえば、「自己省察」、「信頼できない語り」、「筋」、「事件の動機づけ」、「物語られた世界」、「物語の図式」など)も顧慮されている。最終章では、文芸学的な物語研究の成果が、他の専門分野のそれに対応する研究と関連づけて考察されている。(マルティネス/シェッフェル1999)
もちろん、物語とは、こうしたフレームで切ることのできるものだけに限りません。フレームを作れば、必ず逸脱するものが出てきます。そして、その逸脱の部分が実は面白かったりする。
しかしながら、最低限のフレームがなければ、何が逸脱しているのかもわからなくなってしまうのも事実ではないかと思います。
いわゆるアカデミックな言説に留まらず、社会人としての人生経験やよい意味で素朴な問題意識を物語を受容するための軸として利用する際にも、何らかのフレームがあれば、より深く受容ができるようになるので便利でしょう。
『新人賞の獲り方教えます』や『ハリウッド脚本術』みたい的な山っ気やマニュアル性とは無縁の本ではありますが*3、『物語の森へ』のような、吟味されつくした理論によって体系的に物語の構造を明らかにしてくれる本も、また必要ではないかと思います。
例えて言えば文法書、それも『ロイヤル英文法』のような安心感がある本ですね。
- 作者: マティアスマルティネス,ミヒャエルシェッフェル,Matias Martinez,Michael Scheffel,林捷,生野芳徳,末永豊
- 出版社/メーカー: 法政大学出版局
- 発売日: 2006/07
- メディア: 単行本
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「物語」に興味ある方はぜひ探してみて下さいね。特に「内省」に特化していると思われがちな近現代のドイツ文学がいかに考え抜かれて書かれたものかを知りたい人にもお勧めです。私としても勉強になりました。
ヴッパータール人さん、ありがとうございました。
『物語の森へ――物語理論入門』目次
1、虚構の語りの特徴
1:事実の語りと虚構の語り
2:物語行為と物語られたもの
概念一覧表
2、〈いかに〉――呈示
1、時間
a:配列(いかなる順序で)
b:持続(どれくらい長く)
c:頻度(何回)
2、叙法
a:距離(いかに媒介性をもって、物語られたものが提示されるか)
a・1:出来事の物語
a・2:言葉の物語
b:焦点化(どの視点から物語られるか)
3、態
a:物語行為の時点(いつ物語られるか)
b:語りの場(どの次元から物語られるか)
c:語り手の事件に対する一(語り手はどの程度事件に参与しているか)
d:物語行為の主体と名宛人(誰が誰に物語るのか)
4、フランツ・K・シュタンツェルの「物語状況」の類型論
5、信頼できない物語行為
3、物語の〈何〉――筋と物語られた世界
1、筋の諸要素
a:〈出来事〉(Ereignis)――〈事件〉(Geschehen)――〈お話〉(Geschichte)
b:動機づけ
c:物語の二重の時間的遠近法
2、さまざまな物語られた世界
3、物語の意味――筋の構造と深層構造
a:筋の図式
b:ウラジミール・プロップの形態学
c:ユーリー・M・ロトマンの空間意味論
4、展望――文芸学以外の物語理論的な筋のモデル
a:社会言語学(日常の語り)
b:認知心理学(スクリプトと感情操作)
c:人類学(探索の筋のモデル)
d:歴史学(「プロット化」による説明)
なお、こちらに同書についてのノートを作っておられる人がいらっしゃるのでご紹介しておきます。
http://shakaigaku.exblog.jp/8449264/