それでは、私はSF評論家でもありますので……。
Analog Game Studies最初の記事である蔵原大氏の「傷だらけの偉大な負け組に捧ぐ:「役割演技式競技」における「ヒーロー」とは何者であろうか?」http://analoggamestudies.seesaa.net/article/166819268.html
をSF評論の観点から見ていきましょう。
これは優れたティモシー・ザーン論になっています。ティモシー・ザーンはヒューゴー賞(ワールドコンというイベントで選出される、SF界で最も栄誉ある賞のひとつ)を堂々と受賞しながら、残念ながら日本においてはそれほど重要視されてきた作家とは言えない状況がありました。
『スター・ウォーズ』についても同様です。映像作品における『スター・ウォーズ』の重要性はよく言及されるものの、その「ノベライズ」が批評の対象となるのは珍しいことでした。
しかしながらRPG畑の作家の中には、『トンネルズ&トロールズ』のソロ・アドベンチャーにして、いわゆる「ゲームブック」や「ノベルゲーム」の最初期の作品『恐怖の街』をものしたマイクル・スタックポールのように、『スター・ウォーズ』小説においても優れた作品を残している作家は少なくありません。
にもかかわらず、それらがSF評論の枠組みで語られる機会は多くありませんでした。
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なにしろ当時 1980年前後の 日本SF界には専門誌が四誌もあり、『スター・ウォーズ』以後の全世界的な SF黄金時代が幕を開けていた。しかも、まったく同時に我が国では、筒井康隆氏らの活躍によって主流文学と SFのジャンル的垣根が取り払われようとしており、げんにディック人気に連動しつつ北米ニューフィクションや南米マジック・リアリズム文学の勃興によりサンリオや国書刊行会のみならず新たな翻訳市場が開拓されていたし、笠井潔氏の登場により、マルクス主義、現象学以降の本格的文学理論を導入した SF批評が成立しようとしていた矢先のことだ。北米 SF研究の大御所ダルコ・スーヴィンの『 SFの変容』 が 1979年出版であるから、それからまもなくして笠井潔の『機械仕掛けの夢——私的 SF作家論』が 1982年にまとまったときには狂喜したものである。1980年に始まった 新しい春の大会シリーズ・SFセミナーも盛り上がっており、活字から映像へと架橋するかたちで、 SFにおける新たなマルチメディア的表現の可能性が期待を集めていた。 未曾有のSFブームの煽りを受けて、日本 SF大会は SFを基点としながらジャンル横断的想像力を爆発させるのに絶好の、文化的発信の場たりうる可能性を秘めて見えた。
巽孝之「SF大会という文化――TOKON10を終えて――」(http://speculativejapan.net/index.php?paged=2)
牽強付会な引用になってしまい、恐縮ですが、『スター・ウォーズ』以降のSF黄金時代と新たな文学理論を導入したSF理論は地続きの現場として立ち上がってきたものだと見ることができるのではないかという仮説を立てているのだとご理解下さい。
それは映像と文学という二項対立ではなく、むしろ地続きの事態だったのではないか、と私は思っております。だからノベライズの検討にも意味が生まれるのではないかと思うのです。
こうした状況において、蔵原氏は「英雄」という観点から、『スターウォーズ』の多様な世界に、そしてティモシー・ザーンに、新たな光を当てるものとなっています。
すなわち蔵原氏の仕事は、SF評論の文脈に新たな(それも豊かな)1ページを加えるものとなっているのです。
とりわけ、既存の批評的枠組みでは語りづらい意思決定の問題をクラウゼヴィッツやチャーチルら戦略論の知見を用いることで英雄像を含めた“読み直し”にまで広げているところは新しい。
それゆえ、蔵原氏の記事はこれまでのSFはもちろん、映画やアニメの英雄を見る目をさらに豊かなものとしてくれるのは間違いありません。
試しにスローンとダース・ヴェーダーを比べてみて下さい。両者の違いはいったい何でしょうか? あるいは、蔵原論考を一読した後、『スター・ウォーズ エピソード3 シスの復讐』(2005)やアニメーション『スター・ウォーズ クローン大戦』(2002〜2003)をご覧になってみて下さい。
そこで描かれている「英雄」像にはいかなる差異があり、その差異は受容者たる私たちに、どのような影響を及ぼすのでしょうか? 白か黒か、などという単純な話ではありません。
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蔵原氏には同論考を書き終えた後に、戦略学的な観点からご意見をいただきましたものの、基本的に両方の論考は個人の現場で書かれたもので、途中経過の際に両者のプランが交わる機会はありませんでした(加えて蔵原氏のAGSのコラムの祖型は、数年前には出来上がっていたものでした)。
この照応はおそらく、神話学者ジョーゼフ・キャンベルの『千の顔をもつ英雄』にあるでしょう。
『スター・ウォーズ』のジョージ・ルーカスの作劇法に大きな影響力を及ぼしたと思われるこの論考は、心理学者ユングを援用し「英雄」について理論的に語った書物の嚆矢と言われています。
――原質神話において合成された英雄は、非凡な才能の擬人化された表現である。
ジョーゼフ・キャンベル『千の顔をもつ英雄』
というキャンベルの一節は、「英雄」の本質を鋭く付いています。
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『ミカイールの階梯』においては「神話」というものが真空から生まれたのではなく、「歴史」という名の「物語」の内側に散らばる無数の記号の断片が繋ぎ合わされ、そこから立ち上がったものと示唆する記述がなされています。「英雄」とは、いまだ「英雄」たることのできなかった無数の可能性の集合体にほかならない、というわけでしょう。
こうした英雄観は『ミカイールの階梯』の読解において最も重要なキーワードのひとつであると私は認識し、そのような解釈のもと、ポスト9/11の戦争状況において真に可能な英雄像があったとしたら、それは「歴史」=「物語」の内側にあって、自らの「記号」性を意識している存在にほかならないだろうと考え、論考に取り入れた次第です。
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話題になったマイケル・サンデルの『これからの「正義」の話をしよう』では、英米系の政治哲学の問題系をやさしく概観しながら、正義と倫理のあり方が改めて問い直されました。では、翻って、蔵原論考の「宿題」の記述、コベントリー・ジレンマをその流れで考えてみたら、いったいどうなるでしょうか?
これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学
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