第38回日本SF大賞推薦文

 岡和田晃は、日本SF作家クラブ会員として、今年は以下3点のエントリーを行いました。

・林美脉子『タエ・恩寵の道行』
この詩集の帯に、私は以下のように記した。「終りなき「テロルと惑乱」に晒される私たちの日常。神々の血涙が染み出す宇宙は、不定形に拡がりゆき、その公法秩序を瓦解させる。星辰にて嗤うものの声は、孤立する人聞の身中にこそ響き、巣食うのだ。」と。この帯文と書中の栞文、あるいは「北海道新聞」2017年5月30日夕刊での拙稿に付け加えるべきことがあるとしたら、本書は詩人によるSFへの(正面からの)応答となっている点が挙げられる。伊藤計劃、『エクリプス・フェイズ』、あるいは……。「伊藤計劃以後」のSF界は、品質面において、お世辞にも活気づいているとは言い難い。現代詩のような表現を――意識的にしろ無意識にせよ――商業性に見合わないからと排除してきたからだ。短期的なスケールで書かれた作品ではないが、本書を「SFとして」評価できるか否かは、私たち自身が「詩」から試されているのだということを意味する。


・ケン・セント・アンドレほか/安田均グループSNE訳『トンネルズ&トロールズ』完全版岡和田晃
 私は毎年優れたゲーム作品をSF大賞にエントリーするようにしているが、今回はT&Tを措いて他にないだろう。1975年発売、世界で2番目に古いと言われるRPG作品が、本国ではクラウドファンディングで復活し、日本語ではBOX版の豪華コンポーネントで完全版として発売された。40年にわたって作り込まれた背景世界〈トロールワールド〉の全貌が紹介されているが、その規模たるや、パルプ時代のファンタジーやSFにあった根源的なダイナミズムを、現代に再生せんとする気概に満ちている。ルールやクリーチャーについての記述の隅々に至るまでセンス・オブ・ワンダーに満ちている。グループSNE冒険企画局がタッグを組んだ『トンネルズ&トロールズでTRPGをあそんでみる本』、専門誌「トンネル・ザ・トロール・マガジン」、未訳のソロ・アドベンチャーやシナリオの翻訳等、怒涛の展開も素晴らしく、ユーモアに満ちた世界観を絶えず広げ、深めることに成功している。


山野浩一の全業績に対して
 2017年7月20日山野浩一が亡くなった。かつては日本SF作家クラブとも、一種の対立関係にあった山野だが、ワールドコンNippon2007およびspeculativejapanに参加してから入会を決め、その後は折に触れ、日本のニューウェーヴSFの立役者としての貴重な体験談を年少世代へ共有してくれた。振り返れば、「NW-SF」やサンリオSF文庫というオルタナティヴ・メディアにしろ、「週刊読書人」のSF時評にせよ、はたまた「内宇宙の銀河」をはじめとした自身の小説についても、おしなべてSF文壇はアウトサイダーとして扱うに留まり、充分な評価を与えてこなかった。ところが、SF外の状況はむしろ山野の予見した方向へ進み、今ではSF大賞に象徴される評価軸の再考を余儀なくさせるものとすらなっている。物故作家ということで功績賞をという声も出るかもしれないが、駄目押しの意味でもエントリーしておきたい。(参考:「SFマガジン」2017年10月号および「TH(トーキング・ヘッズ叢書)」No.72)の拙稿)