向井豊昭さんから新作が送られてきた!


 向井豊昭さんは今年の6月30日に亡くなりました。
 向井作品については、なんどもこのブログに書いています。タグの[向井豊昭]を見てみてください。あるいはWikipediaではすばらしく詳細な解説がなされています。 

 な、な、なんと、その向井豊昭さんの新作が送られてきました。
 さすが向井豊昭。あの世から新作を届けてくれるとは、『アルベマス』のときのフィリップ・K・ディックみたいだぜ!

 詳しく書きますね。
 〈新ひだか文藝〉第3号に収められている「ぺ、ぺ、ぺ、ぺ、ぺ、ぺ」という短編が、その新作です。
 向井さんが、生前、同誌に原稿を寄せられ、ついでに私のことを〈新ひだか文藝〉編集の桑島さんに「本が出たら、ぜひ送ってください」と言伝てをして下さっていたのでした。
 これはさすがに驚きました。
 どう考えてもこれ、実力が足りず日本SF評論賞に落っこちた僕への、向井さんからの「喝」じゃないですか!



 〈新ひだか文藝〉とは、北海道の新ひだか町が運営する文藝雑誌で、年1回発刊されているようです。
 かつては〈静内文芸〉という名前だったのですが、市町村合併によって町の名前が変わったので、雑誌の名前も変わったみたいです。
 いただいたお手紙には「人口36000の小さな町ですが」とありましたが、北海道の人口13000のさらに小さな町の出の身からすると(笑)、ここまで文藝熱が盛り上がっている町というのはとても羨ましく思えます。
 同誌に「わっはっはっはっは 向井豊昭さんを悼む」と、力のこもった追悼文(これもよかった!)を寄せられている嵐大樹さんによれば、これまでも向井さんは同誌に作品を発表してこられたのこと。
 知らなかった!


 向井さんは、アイヌの教育に関わった経験から得た問題意識を軸に、アイヌに関した作品を多数、発表してきました(東北についての話もありますが、ここでは便宜上脇においておきます)。
「ぺ、ぺ、ぺ、ぺ、ぺ、ぺ」は、そのなかでも、知里幸恵の『アイヌ神謡集』――つまりは神話――の問題に深く切り込んだ野心作です。
 文学の効能のひとつとして、「神話の復権」が重要な課題であると僕は考えてきました。僕がRPGやSF、ヒロイックファンタジーなどに深く関わっているのも、こうした「神話」(と歴史)の問題について考えるためにほかなりません(そのことは、少しずつ作品を通して伝えていけたらと思っています)。


 そんななか、知里幸恵の問題が提示されたというわけです。ある意味、『怪道をゆく』に収められた、「熊平軍太郎の舟」の問題系が、さらに推し進められたと見てよいでしょう。鎌田哲哉の「知里真志保の闘争」にも取り上げられた、知里真志保知里幸恵の関係への言及にもどこかしら通じる、「近代」への深い問題意識も垣間見えます。

アイヌ神謡集 (岩波文庫)

アイヌ神謡集 (岩波文庫)

怪道をゆく

怪道をゆく

 優れた(ドゥルーズ的な意味での)マイナー文学は、個別のマイノリティの声に留まってはいけないと、僕は考えています。つまり、ワーキングプアに苦しみながらネットカフェ難民を強いられている社会的なマイノリティがいたとしましょう。アイヌの問題と、ワーキングプアの問題は、一見違うように見えます。むろん、相容れないところも多いでしょう。
 しかしながら両者は、社会的に疎外された者という括りでは共通しているのは確かでしょう。その声を拾い上げること、左翼的にではなくあくまでも文学的にスポットを当てること、それこそが必要なのではないかと思えてなりません。


 いささか書きすぎました。「ぺ、ぺ、ぺ、ぺ、ぺ、ぺ」のラスト近辺の印象的な箇所を抜き出しましょう。

 ぺ、ぺ、ぺ、ぺ、ぺ、ぺ……
 樹液は耳の奥にも流れ、響いていた。それはユーカラの響きとは、まったく違う響きだった。人がこの世で言葉を使う以前の、樹液そのものの響きなのだった。
 ほんのりと笑みが浮かぶ。探しに探した宝物を拾おうとするかのように、風来の体が前に折れ、音とたてて廊下に膝を突いた。

 あとはどうぞ、ご自分の眼で確かめて下さい。


 以下、〈新ひだか文藝〉の問い合わせ先になります。
 奥付には編集者の方の連絡先が書かれていましたが、個人の住所や電話番号をWebにあげるのはどうかと思うので、〈新ひだか文藝〉刊行委員会の連絡先を記しておきます。

 056-0019
 北海道日高郡新ひだか町静内青柳町2-2-1
(静内図書館内)新ひだか文藝刊行委員会
 TEL 0146-42-4212
 FAX 0146-42-5150

 メールアドレスなどの記載はありませんでした。奥付によると、頒価は1000円となっております。


 なお、向井さんの作品以外の収録作も一通り拝見しました。
 なんでしょう、こう、どれも……非常に感慨深いものを感じました。
 おせじじゃないですよ。
 ナマの声というか。舞台となっている北海道の、各々の土地の息吹みたいなものを感じます。筆致は素朴なものながら、その背後には生きることに対する誠実さがにじみ出ているような作品が多く、作品の巧拙といった出来を越えて楽しめたということは書き添えておきます。手記やエッセイも、興味深いものが多かったです。
 少なくとも文学の世界には、きちんとじっくり考えた声が含まれている。それがわかっただけでも僕にとって収穫だったのでした。