『ウォーハンマーRPG』、ナラトロジー、そして自由(その5)

短期集中連載:『ウォーハンマーRPG』、ナラトロジー、そして自由


■0、はじめに
■1、『ウォーハンマーRPG』第2版の構造
ブログの過去記事をご参照下さい


■2、仮説:『ウォーハンマーRPG』は『クラシックD&D』(+ミスタラ世界)の正嫡?
ブログの過去記事をご参照下さい


■3、換喩的想像力とフレーバーテクスト
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■4、記述と解釈・運用例
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■5、換喩的想像力と世界構築


 さて、『ウォーハンマーRPG』の換喩的な想像力によって彩られたルネッサンス期からドイツ三十年戦争期に至るまでのヨーロッパ社会史の読み換えという意味において「世界観」の重要性を、他のジャンルではなかなか獲得することのかなわない、批評的なクリティカル・ポイントとして示しました。
 あえて言えば、日本では月刊ペン社の妖精文庫シリーズや国書刊行会の世界幻想文学大系等によって基礎づけられた19世紀のゴシック小説やヒロイックファンタジーの原型を引き継いだモダン・ファンタジー文学が車の片方の車輪であるとしたら、もうひとつはこのピカレスク・ロマンと硝煙の幻想を引き継いだRPGファンタジーこそが、物語論的にもゲーム論的にも、架空世界のフレームを分析するうえで重要なポイントとなるのではないかと思います。


 SF作家のテッド・チャンは、エッセイ「科学と魔法はどう違うか」で、魔法の効力はその行使者に依存するが、科学ではこういうことは起こらないと述べています。つまり、世界の自律性は、科学においてはもはや自明のものとなっているわけです。
 RPGの世界が、モダン・ファンタジー文学の読み手によって往々に、中世ヨーロッパを戯画化しているような一種のねじれがあるように観られることが多いのは、魔法よりもむしろ科学の論理に従ってファンタジー世界が再構築しているように見える部分が大きいからに、ほかなりません。
 現に、E・C・タブの『デュマレスト・サーガ』、ジャック・ヴァンスの『大いなる惑星』、アルフレッド・ベスターの『虎よ、虎よ!』、アーシュラ・K・ル=グィンの『闇の左手』のようなSF的世界を手軽に構築できるRPG『トラベラー』では、科学的な法則とゲーム世界の論理が、運用可能なぎりぎりの線で追求されていたように思えます。


 かつて、SFファンとRPGファンの根は同じでした。現在ではしばしば見過ごされますが、SF的な異世界構築の文法と、RPGの(概ね数理的な)システムの文法に多くの共通があるということは、もっと意識されてよいでしょう。
 そしてまた一方で、『ウォーハンマーRPG』の世界観にまま見られているように、換喩的な想像力とハイ・ファンタジーの関係性はもっと考えられてもよいでしょう。このあたりは、『ウォーハンマーRPG』に関する小説の多くを優れたSF・ファンタジー作家が手がけているので、それらを参照してみるのがよいでしょう。


 ジャック・ヨーヴィル(『ドラキュラ紀元』のキム・ニューマン)が書いた『ドラッケンフェルズ』はもとより、イアン・ワトスン(『エンベディング』『スロー・バード』)、ブライアン・ステーブルフォード(『ホームズと不死の創造者』)、ジョン・ブラナー(「ノーバディ・アクスト・ユー」)、バリントン・J・ベイリー(『カエアンの聖衣』『永劫回帰』)、ストーム・コンスタンティン(「無原罪」)、チャールズ・プラット(『フリーゾーン大混線』)、ポール・J・マコーリィ(『フェアリィ・ランド』)などが『ウォーハンマーRPG』関係(姉妹編の『ウォーハンマー40000』を含む)の小説化には関係しており、いずれも非常に高いクオリティを誇っています。
 日本語で読めるなかでは、B・クレイグ(ブライアン・ステーブルフォード)の『いまわしき死の使い』が出色でしょう。ぜひともお勧めしたいところです。


 さて、しかしながら小説という媒体を離れ、実際にRPGをプレイする際、換喩的な想像力と数値的なシステムはどのように関係してくるのでしょうか。
 それでは、『ウォーハンマーRPG』の具体的なシステムに沿いながら、このことを考えていきましょう。


■6、換喩的想像力を軸に『ウォーハンマーRPG』をチューンする


●システム的な特性:『ウォーハンマーRPG』はマゾゲーか?


 ▼『ウォーハンマーRPG』のキャラクターの数値的弱さ
 『ウォーハンマーRPG』は、例えば、同じd100を使ったパーセンテージを使うゲームのなかでも、初期状態においては、非常に弱い段階からシナリオが始まります。
 人間の平均的な能力値は30%前後、判定の多くは技能ベースで行なわれ、未修得でも使用できる基本技能は能力値の半分が基準値となることから、その厳しさは容易に窺い知れるでしょう。
 さて、このような厳しさは往々にして「『ウォーハンマーRPG』がマゾゲーだから」という一言をもって片付けられがちです。しかしながら、『ウォーハンマーRPG』に掲載されている手術のルール、『オールド・ワールドの武器庫』や『ウォーハンマー・コンパニオン』にある交易関係などのルールを追っていくと、この「マゾゲー」と揶揄される厳しさというものは、実のところ中世ヨーロッパのリアリズムを追究した、という一点において落ち着くのではないかと思います。


 ▼PCはあくまでも世界の一部である
 近年発売される多くのゲームでは、PCが超人志向であることが多いようですが、これはあくまでも背景となる設定を簡略化し、キャラクター性の表象にスポットを当てているためではないでしょうか。
 逆に言えば、『ウォーハンマーRPG』の主役は「オールド・ワールド」です。だから、「オールド・ワールド」の一部であるPCは、圧倒的な迫力を持って立ち塞がってくる世界の一部として(世界の「重力」を無視することなく)動くしかないと言うことを意味します。
 すなわち、世界は実質的にPCたちだけによって成り立っているわけではなく、多くの有象無象の一部とPCは等価である、という設計思想が、『ウォーハンマーRPG』の根本には宿っているのではないかと思うわけです。


●システムに沿った運用例


 ▼淡々としたセッションを避ける工夫
 さて、このような特性から『ウォーハンマーRPG』はそのままでも遊べるが、より面白く運用するためには、少々の工夫を織り交ぜたほうがよい、ということがわかります。
 例えば、何の予備知識も経験もない相手にゲームを提示する際、キャラクターメイキングを行ない、単に既製シナリオを杓子通りに回すだけでは、海外ゲームにありがちな、非常に淡々とした展開(「攻撃した」「外れた」「敵の番ね。こっちは当たり」「クリティカルヒット表を振るか……足が飛んだよ」「えー、死んだ、つまらない」)になってしまいがちであるからです。
 ここが、『ウォーハンマーRPGが』戦闘のみとを核として設計されたゲームとはまったく異なるところではあります。


 ▼コンセプトに合わせた、マスターリングのチューン
 こうしたシステムを運用するにあたっては、メンバーとセッションの事前コンセプトに合わせて、運用方針を定め、それに合わせて裁定の指針、あるいはマスタリングをチューンするという方策を定めるのがベストでしょう。
 例えば、プレイヤーたちがガチガチの「殺っちゃってくれてかまわないっす」といった連中だったら、GMの裁量部分や技能で何ができるか、それともできないのかを極めて厳密に定める必要が生じてきます。


 ▼裁量を考えてもよい箇所:数理的側面にどう落とすか
 斜め移動の処理をどうするのか(1マスにするのか、1.5マスにするのか)、「2人がかりで、3人がかりでの攻撃」がどの段階で適用されたとするのか。「混沌の顕現」、恐怖や恐慌、〈負傷治療〉の処理をどうするのか(杓子定規に解釈するのか、演出を交えるのか)などなど、考えるべきことは多いです。
 情報収集やシティー・アドベンチャーの処理をいかように行なうのか。GMが独自に指針を定めてもかまわないし、またサプリメントの『ウォーハンマー・コンパニオン』や『Lure of the Liche Lord』の記述を活用すれば、『D&D第3.5版』に負けないくらい、厳密に裁定を行なうことも可能になります。
 このあたり、本連載の「1、システムの構造」に絡めれば、『ウォーハンマーRPG』を『D&D第3.5版』寄りに運用するのか、それとも『ワールド・オヴ・ダークネス』寄りに運用するのか、調整作業を行なうという部分にも似ているところがあると思います。


 ▼ストーリーテリングにスポットを当てたチューン
 『ウォーハンマーRPG』を、ストーリーテリングを中心に運用する場合、「過剰にルールを適用しない」「ルールとプレイヤーのやりたいことが衝突したら、後者を優先させる」ということを優先しなければなりません。
 特に、設定とイベントを中心に海外RPGを敬遠する原因になりがちな「淡々としたセッション」を可能な限り排し、オールド・ワールドの美味しいところを可能な限り凝縮して紹介することで、少しでも「オールド・ワールド」という世界観に興味を持ってもらう。その点、世界観に注目させるという意味合いで、またフレーバーテクストを解釈として活かすという意味合いにおいても『ワールド・オヴ・ダークネス』寄りの運用を行なうことは追究されるべきでしょう。


 ▼裁量の恣意性を減らす方向性のチューン
 もちろん、コンセプトに合わせて、d20システム寄りの運用を行なうことも可能です。シナリオの中心となるダンジョンを設定し、d20システムをモティーフに、運用方針のルールを厳密に定め(『D&D』第3.5版寄りということで、斜めは1.5マス計算を今回は採用。また、「2人がかり、3人がかり」の場合は、「攻撃の意志」が向いたタイミングを厳密に定めるなどの工夫が必要です)。
 このコンセプトでコンベンションなどで初心者対応を考える場合は特に、スケルトンなどの「恐怖」を誘発するクリーチャーは極力登場させず、あくまで敵はミュータントに留める。初心者向きであれば「炭焼き人」などのキャリアは極力排し、「御者」「トロール殺し」などの比較的強力なキャリアを扱わせるようにする、というわけです。
 ただ、『ウォーハンマーRPG』はオフィシャルなサプリメントを見ても、そこまでダンジョンハックに特化したゲームではないので(ドワーフに関する情報を扱ったサプリメントKarak Azrak』や、先述の『Lure of the Liche Lord』など、『D&D』並みに大きなダンジョンが提示される事例がありますが)、どうしてもシティ・アドベンチャーがシナリオに入り込んできます。


 ▼シティ・アドベンチャーこそが『ウォーハンマーRPG』の本質?
 いやむしろ、シティ・アドベンチャーが『ウォーハンマーRPG』の本質であるという意見も強く、「家内工業人」や「炭焼き人」「墓荒らし」などのキャリア、〈大酒飲み〉、〈世間話〉、〈無駄話〉などの技能は、シティ・アドベンチャーでこそ本領を発揮する技能である、という見方も充分に可能です。
 なおシティ・アドベンチャーについては、『略奪品の貯蔵庫』などオフィシャルなシナリオを参照するとかなり捻った展開や細かなタイムテーブル設計が要求されるものが多いので、『D&D』とは別に、『クトゥルフの呼び声』などのマスタリング・テクニックを援用するのは充分効果的でしょう。


(つづく)

ウォーハンマーRPG 基本ルールブック

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吟遊詩人オルフィーオの物語〈2〉いまわしき死の使い (現代教養文庫)

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