オールド・ワールドの宗教観

 『ウォーハンマーRPG』の面白さは、やはり世界観の素晴らしさによるところが大きいと思います。
 これは、「マゾプレイがしやすい」とか、「屎尿集積人やネズミ捕りをやって底辺生活を楽しめる」とかいうところだけじゃなくて(笑)、広い意味での西洋史の読み替えによる奥深さ、書き割りだけではないリアリティを感じられるところにあるのではないでしょうか。


 あらゆる架空世界の背景設定には元ネタがあります。
 例えば『指輪物語』の「中つ国」の場合は、ゲルマン・ケルト神話アングロサクソンの伝説の習合にトールキン自身のカトリック信仰をまぶした色合いが強いと私は考えています。
 『ルーンクエスト』の「グローランサ」の場合は、カエサルの『ガリア戦記』で描かれた構図に、東方の異教(ミトラ、ゾロアスターなど)の要素がブレンドされていたりする部分があります。
 ただ元ネタを踏襲しつつもこれらは独自のハイブリッドを経ており、その過程でデザイナーならではの独創が加えられています。つまり、あくまでも「元ネタ」を基盤にしつつも、作品世界は(元ネタの西洋史的な世界観から)自律しているわけです。


 料理の仕方は作品によってさまざまですが、『ウォーハンマーRPG』の背景世界「オールド・ワールド」の場合は、対応する西洋史的な事柄をいかにして見つけるかが重要になってくる気がします。
 アナロジーの発想と言っていいかもしれなません。
 史実と架空世界の法則を比較衡量しながら、合間に根付くの設計思想を読む発想が重視されているように思えるわけです。
 もともと一神教であったドイツ30年戦争頃に、ケルト的な多神教の考え方を持ち込んできたのがオールド・ワールドの世界観と言えるでしょう。
 しかし、ちょっと社会史的なものにに興味がある方ならば、西洋中世史でまま見られる一神教的(カトリック的な)考え方と、土着的多神教的な考え方はあまりそぐわないと思われるのではないでしょうか。

 そこで、ざっとオールド・ワールドの歴史を振り返ってみましょう。
 もともと太古教やケルト的なドルイド魔術があって、そこにウルサーンのテクリスといったハイエルフがやってくる。彼らが魔術的な合理思想(これは魔術と言いつつ、カトリックに非常に近い)を教えた後に、その後に一般的な神々(シグマーとかウルリックとか)や魔法諸学府が誕生した。
 こう考えると、基本的にオールド・ワールドの世界観は、たぶん12世紀から13世紀頃ブルターニュ半島などに見られるケルトキリスト教的な背景が、言わば歴史の「if」として、ローマ・カトリック的な中央集権の代わりに広まってしまったと見なすことができます。


 だから、オールド・ワールドのなかでもエンパイアの政治体制は、「ケルトキリスト教を奉じるハプスブルク家」みたいな感じになるのでしょう。カール・フランツは、その名の通り神聖ローマ帝国皇帝カール五世のアナロジーとも読むことができます。
 また、こう考えるとオールド・ワールドになぜあんなに異端が多いのかも見えてきて、ケルトキリスト教の土着的な危険性とローマ・カトリックの排他性が合わさってしまったからに違いない。
 以上のような考え方を仮に、歴史的な想像力の読み替え=「換喩的な想像力の在り方」と呼ぶことにしましょう。


 『救済の書:トゥーム・オヴ・サルヴェイション』が素晴らしいのは、西洋中世史をRPGにおいていかに換骨奪胎するという場合の優れたモデルケースになっていながら、広く歴史的な事象についての考察を促してくれるところにある。つまり、「換喩的な想像力」を広く働かせるよすがになってくれるわけです。


 それと同時に、本文には概念的・観念的な記述はむしろ少なくて、個別具体的な情報が多くを占めています。
 RPGの資料なのですから当たり前と言えば当たり前ですが、個別具体的な情報に限っても、「中世風ヨーロッパの司祭が普段何をしているのか」ということなどは、専門書を当たらなければわからない。
 そうした、実際のセッションやあるいは小説を書いたりする際に必要となるかゆいところに手が届くような情報を『救済の書』はきちんと提示してくれています。
 参考までに、『救済の書』の第8章から、「ある司祭の一日」を紹介してみましょう。

救済の書:トゥーム・オヴ・サルヴェイション (ウォーハンマーRPG サプリメント) (ウォーハンマーRPGサプリメント)

救済の書:トゥーム・オヴ・サルヴェイション (ウォーハンマーRPG サプリメント) (ウォーハンマーRPGサプリメント)

ある司祭の一日;A Day in the Life of a Priest


 今晩は、学者先生。すっかりお待たせしてしまい申し訳ありません。だいぶ遅くなってしまいましたね。ご覧の通り、このところちょっと忙しいのです。いや、このところと申しましたが、実はいつでも忙しいのです。それで、典型的な司祭の一日についてお知りになりたいとのことでしたね? ええと、申し訳ありませんが、その意味ではお力になれますかどうか。
 というのも、わたくしにとって、いえ、どの教団であろうと司祭にとって、典型的な一日というものはないのです。わたくしでお力になれるとしたら、自分がどんな一日を送ったかをお話しすることでしょうか。それがいちばん、シグマー司祭の“典型的な一日”に近い答えになるでしょうか。
 わが神殿は、他ならぬかのシグマーさまに属してはおりますが、特別大きくも小さくもなく、しかしこの町にある唯一のシグマー神殿で、住民の大多数を信徒としております。
 わたくしは司祭で、他の四人の同輩(ブラザー)とともに、我らが司祭長閣下、師父(ファーザー)ウィルヘルムのもとでシグマーさまにお仕えしております。この神殿には九人の修練者がおり、我々司祭全員が、修練者たちの訓練と入信に監督責任を負っております。われらはみな神殿で寝泊まりしており、一日の多くを神殿とその周辺で過ごしております。
 わたくしの朝は皆と同じく、夜明けの鐘の音と共に始まります。一週間のほとんどの曜日には、神殿の修練者のひとりが振鈴を鳴らして、司祭全員を起こします。フェスターク(祝い日)には、振鈴の代わりに神殿の鐘が鳴らされます。それが夜明けから一時間にわたって町じゅうに鳴り響き、信者たちに毎週の“フェスタークの集い”の祈祷を呼びかけるのです。本日はマルクターク(市場の日)ですので、わたくしは振鈴の音で眼を覚ましました。
 起床し、顔を洗い、着替えた後で、皆が祭壇の前に集まって、司祭一名の先導に合わせて全員が夜明けの祈祷を行ないます。これはあらゆるシグマーの聖職者が朝を歓迎し、安全で安らかに過ごせた夜に感謝し、今日の日に祝福があらんことを祈願して唱える祈祷です。我々司祭が順番に祈祷を先導しますが、日によっては修練者のひとりがその役を務めることもあり、フェスタークには師父ウィルヘルムおんみずからが先導なさいます。わたくしたちはシグマーさまのみならず、エンパイアのあらゆる神々にも祈祷を捧げ、神々の怒りが頭上にふり下ろされることのなきようにします。
 夜明けの祈祷が終わると、皆が寄宿棟の食堂に集まって簡単な朝食を取ります。神殿には聖職者だけでなく、維持管理の手助けをしてくれる少数の助修士たちがいます。その中に二人の召使い、マルサとギオルグがいますが、彼らは修練者のひとりと共に食事の準備をしてくれます。より厳粛な神殿では、食事時間は静かなものでしょう――ウルリック教団では口を開くと鞭打たれると聞いております――が、わたくしたちは朝食を取りながら歓談し、あらゆる要件を話し合います。食事時間は礼拝を除けば神殿関係者全員が一斉に集まる唯一の時間であり、司祭や司祭長たちはそれを様々な神殿の問題を公布するために利用するのです。
(『救済の書』からの引用)