「ナイトランド・クォータリー Vol.4 異邦・異境・異界」に「ウィリアム・ホープ・ホジスンと思弁的実在論(スペキュレイティヴ・リアリズム)――境界(ボーダー)としての〈ウィアード〉」を寄稿しました。

 怪奇幻想文学専門誌「ナイトランド・クォータリー Vol.4 異邦・異境・異界」アトリエサード/書苑新社)にウィリアム・ホープ・ホジスンと思弁的実在論(スペキュレイティヴ・リアリズム)――境界(ボーダー)としての〈ウィアード〉」を寄稿いたしました。

 現代思想のフレームを用いて幻想文学を論じた批評ですが、内容については、2月21日に行った学会にて先んじて報告を済ませたものに準じます。*1
 つまり、ウィリアム・ホープ・ホジスンの『幽霊海賊』を中心に据えつつ、『異次元を覗く家』にも話を広げ、それらを思弁的実在論(スペキュレイティヴ・マテリアリズム)の観点から、チャイナ・ミエヴィルのM・R・ジェイムズ論やドゥルーズの『襞 ライプニッツバロック』などの思想的テクストを絡ませて深く掘り下げることで、古典的な怪奇幻想文学のテクストを読み替える方法を探っていく、というものですね。
幽霊海賊 (ナイトランド叢書)

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異次元を覗く家 (ナイトランド叢書)

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有限性の後で: 偶然性の必然性についての試論

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Weird Realism: Lovecraft and Philosophy

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 学会では参加者の多くが、哲学的な背景については理解できてもホジスンについての予備知識を持たないとことが予測されましたので(というのも、本邦のアカデミックな世界ではホジスンは過小評価されてきたのです)、英語圏と日本におけるホジスン受容史と私が同テーマに言及した批評を簡単にまとめた資料を作成し、参加者のサイドリーダーとして提供させていただきました。
きっとあなたは、あの本が好き。連想でつながる読書ガイド (立東舎)

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ハヤカワ文庫SF総解説2000

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 ところが蓋をあけて驚いたのは、遠路はるばる「ナイトランド・クォータリー」編集の牧原勝志さんが来てくださったこと。怪奇幻想文学の翻訳紹介の現場におられるプロに聞かれるのが、もっとも緊張するものでした。
 幸い、大きなトラブルなく学会発表は終わりましたが、その時、来場者からいただいた質問を参考に、本稿「ウィリアム・ホープ・ホジスンと思弁的実在論」に触れるうえでの想定問答を2点、添えておきたいと思います。

Q1.思弁的実在論とは結局何なのか?
⇒A1.「ナイトランド・クォータリー Vol.4」p.130の中段、第2段落に大枠をまとめてあります。
Q2.本稿で解説された思弁的実在論におけるドゥルーズの位置づけは?
⇒A2.もっともわかりやすいものとしては、ドゥルーズの『襞 ライプニッツバロック』を基盤とし、そこで提示された可能世界論(原稿内では、あえてこういう言い方は避けていますが)をアップデートさせた、というもの。


 そうそう、今号は表紙絵のアルノルト・ベックリーンからして素晴らしいですね。ちなみに社会学者のジンメルは、ベックリーンの絵についてこう言っています。

ベックリンの風景画は、魂を、この自然界の存在、すなわち植物や動物、土や光と、この上なくこまやかに親和させ、溶け合わす。しかも他方では、自然から魂を解放し、自然というただ眺められたばかりの世界のまったくあずかり知らぬ、心の豊かさと自由とをそなえた特性なのだ、生き生きと脈動する自我なのだ、と自覚させる。この自我が、自然がただ放漫に羅列したすべてのものを、自らの統一性において集約する。そして、たった今まで溶け合っていたように見えた自然と、このようにして、ひそかに対立することになる。いや、たった今まで、というのは正しくない。同時に融和と対立があるのだ。この緊張、この振動、自然の空間に対する結合と解放とのこの融合において、ベックリンの風景画の感情の調子が成立する。」(『ジンメル・エッセイ集』、川村二郎訳)

ジンメル・エッセイ集 (平凡社ライブラリー)

ジンメル・エッセイ集 (平凡社ライブラリー)

 ところが、フランツ・ツェルガーという美術史家は、ベックリーンの絵についてこう言っています。

「こうして、<<死の島>>は伝統的な風景画からも、またヴェネツィアサン・ミケーレ島のような実在する霊園島からも区別されるのである。(中略)ベックリーンの図は、<風景の記念碑>というべきものであって、これには色彩と非現実的な光の処理も貢献している。これらは自然の状況を再現するのではなく、むしろ気分を荘厳なる崇高へと高めるのに役立っている。」(『ベックリーンの〈死の島〉』、高阪一治訳)

ベックリーン“死の島”―自己の英雄視と西洋文化の最後の調べ (作品とコンテクスト)

ベックリーン“死の島”―自己の英雄視と西洋文化の最後の調べ (作品とコンテクスト)

 いわゆるロマン派的な絵画はあくまでも自然を表象するものであり、その意味でヴァーチャルなものではないのですが、ベックリーンの絵は、前世紀のロマン派の画家たちに比べて構築的で、それゆえ、ある意味では本格ミステリの閉鎖空間のように、現実とは別の世界を構築しようとしているところが確実にあります。すなわち、自然と仮構物との間にあるものということで、それもまた「境界(ボーダー)」の様態なのでしょう。
 ますます豪華な執筆陣が揃った「ナイトランド・クォータリー」、お愉しみください。ここで安田均さんとご一緒できるとは!

*1:ただし、脱稿したのは学会報告のタイトルを提出した後のことです。