「ゲンロン8 ゲームの時代」の間違いの指摘

 「ゲンロン8 ゲームの時代」、少なくとも、冒頭部の共同討議「メディアミックスからパチンコへ」は無理のある内容です。それについて、具体的な指摘を求める声がありましたので、以下、クリティカルなものに絞ってまとめました。公正を期すため、この原稿は「ゲンロン友の会公式アカウント」(https://twitter.com/genroninfo)にも送ります。



 株式会社ゲンロン御中


 岡和田晃と申します。 「ゲンロン8 ゲームの時代」所収の共同討議の具体的な間違い、代表的なものを指摘します。
 「出版とゲームが交差したJRPG」(https://genron-tomonokai.com/genron8sp/no1/)の章で、東浩紀氏は、「なぜ北米ではJRPGのような「物語的」で「文学的」なゲームが生み出されなかったのか(……)日本のメディアミックスはそもそもが出版社が主導です。メディアミックスがゲームのコンテンツを支配していたというのは、つまりある時期まで「出版の想像力」がコンテンツを支配していたということです。(……)けれどそんな環境は北米にはなかった。」と述べています。
 これは明確な間違いです。
 そもそも、世界初のRPGであり、『ウルティマ』や『ウィザードリィ』等のコンピュータRPGへ規範を提供した『ダンジョンズ&ドラゴンズ』の発売元・TSR社は、「JRPG」の誕生のはるか前から、ゲームを出版という形で提示していました。
 それ以前、シミュレーション・ウォーゲームも多くは出版という形で流通しており、そのようなスタイルが定着していました。
 英語圏のSF文壇やファンダムとも、長らく相互に影響関係があります。
 『ドラゴンランス』をはじめ、小説などとの自覚的連動も早い段階から進められており、「そんな環境は北米にはなかった」という断言には、控えめに言っても無理があります。もちろん、TSR社だけではなく、世界で2番めのRPG『トンネルズ&トロールズ』を出したフライング・バッファロー社をはじめ、多くの他社が同様の試みを行っております。
 ゆえに、そもそも北米で作られた段階からRPGは「物語的」で「文学的」な作品が多数あります。そして、こうした試みは、コンピュータRPGの歴史を語るうえで切り離すことはできません。
 以上は、私自身が「SFマガジン」2018年6月号(早川書房)の「『恐怖の墓所』のその先へ」などの原稿で長らく書いてきたことでもありますが、公正を期すため、拙稿以外の代表的な典拠を以下にあげます。英語文献・日本語文献を双方提示します。

・Appelcline,Shannon 『Designers & Dragons』(Evil Hat Productions,2015)
・Peterson,Jon『Playing at the World』(Unreason Press,2012)
Schick, Lawrence『Heroic Worlds』(Prometheus Books,1991)
・高梨俊一ほか『パラノイア非史1984-2016 および パラノイアに至るRPG の歴史 1974-1984』(CompNodes、2016)
・マイケル・ウィットワー『最初のRPGを作った男 ゲイリー・ガイギャックス』(ボーンデジタル、邦訳2016)
・ブラッド・キングほか『ダンジョンズ&ドリーマーズ』(ソフトバンククリエイティブ、邦訳2003)
多摩豊『次世代RPGはこーなる!』(電撃ゲーム文庫、1995)

 北米におけるゲーム出版史を無視し、「JRPGは純粋なゲーム史から出てきたものではなく、ゲームと出版が交差する場所から生まれたハイブリッドなジャンル」と言い張ることはできません。
 そもそも「JRPG」に限らず、「RPG」自体のルーツが「ゲームと出版が交差する場所から生れたハイブリッドなジャンル」だからです。
 このように歴史的前提が間違っているにも関わらず、「今日の共同討議の結論は出た気がするな(笑)」と話を進めるため、以後、「JRPG」に関する東氏のコメントが、少なからず見当外れなものになっています。
 「テーブルトークRPG」と「文学」や他メディアとの関係史を綴り、また関連した翻訳・創作・批評に携わる者として、学術や社会批評の装いをもった商業媒体で上記のような事実誤認が流布されるのは看過できず、具体的な指摘とさせていただきました。


 2018年6月21日 岡和田晃


※2018年6月23日 一部の誤記を訂正しました。また、ピンと来ない方のために解説しますと、今回「ゲンロン8」の共同討議で東浩紀氏が述べていたことは、「夏目漱石の小説はイギリス文学に影響を受けていない。イギリスに出版環境がなく「文学」と呼べるほどの小説も生まれなかった。文学は日本で発展して、価値を得た」みたいなレベルです。さらに言えば、見る人が見ればわかると思いますが、「TRPG業界人が身内を守るためになんか言っている」というアングルを作られないため、言及文献を調整しています。