東海大学文芸創作学科2018年度秋学期シラバス(SF文学論)
※東海大学のサイトのシラバス検索でも見られますが、こちらにも掲載しておきます。また、一部の誤記を修正したので、こちらが正確です。
2018年度 秋学期
授業科目名 サブカルチャーと文学
曜日 時限 水-4
テーマ 「サブカルチャー」から「文学」を読み替える「文学を介した“反”サブカルチャー論」
キーワード サブカルチャー SF 現代思想・現代文学
【授業要旨または授業概要】
大学で「サブカルチャー」を勉強すると聞いて、面食らった方もいるのではないでしょうか?
もともと「サブカルチャー」は社会学の用語ですが、昨今では日本製の“アニメ・漫画・ゲーム”のことを指す場合が多いようです。こうした周縁的と思われてきた分野のインパクトを、もはや大学教育の現場でも、無視できなくなっているということです。
他方で、これらを「クール・ジャパン」と一括りにして闇雲に称揚する言説が存在しています。しかし、その文脈においては、従来「文学」とされてきた領域はむろんのこと、狭い日本における商業的な価値観に閉じこもり、海外との(相互的な)影響関係に関する視点が、すっぽりと抜け落ちてしまっています。
本講座は、そうした「サブカルチャー」観を再生産するものではないことを、まずは強調しておきます。むしろ、かねてから「サブカルチャー」として軽んじられてきた表現を、「文学」と等価に扱い、それどころか、既存の「文学」を読み替える可能性を内包したものとして捉えていくというのが、本講座の趣旨なのです。
資本主義が高度に発達した現在においては、私たちの接する文化は中心を欠いたものとなってしまっており、経済効果のみが作品を語る指標として用いられがちです。
しかしながら、欲望の無自覚な肯定に終始し、「文学」をはじめとした人文科学の成果を敵視するような悪しき意味での「オタク」を再生産するのでは、わざわざ大学で学ぶ意味がありません。
本講座は、狭い世界に閉じこもらず、外へ向けての「窓」となる、認識の枠組みと教養の土台づくりを目指します。
ゆえに、正確に言うと本講座は「サブカルチャー論」ではありません。反対に、「文学を媒介とした“反”サブカルチャー論」です。このことは、講義内でも絶えず強調していくので、忘れずにいてほしいと思います。
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同名の講座が水曜3限・水曜4限で展開されます。水曜4限の講座では、SF文学について学びます。とりわけ、狭義の「文学」と「SF」の合間にあるような、スリップストリーム(変流文学)、あるいはスペキュレイティヴ・フィクション(思弁小説)としてのSFの講読と批評にスポットを当てます。
※より詳しくは、続けて【授業計画】の項目をご参照ください。
【学修の到達目標】
・日常的に接する文化環境に対しての批判的な視座を持ち、そのルーツを探り新たな表現を産むために必要な(最低限の)知識と好奇心を涵養します。
・文学を中心にしつつ、哲学・歴史学・美学といった人文科学についての基本的な知識をも習得します。
・カルチュラル・スタディーズ、ジェンダー/ポストコロニアル理論といった、現代批評理論の基礎を習得します。
・ヌーヴェル・クリティーク以降の文芸評論の基礎を習得します・
・クリエイティヴ・ライティングの基礎をも学ぶことで、学術的な視座の批評や創作へ応の応用を目指します。
【授業計画】
◆スケジュール
<注意:水曜3限では、SFの講読と批評を中心に学習します。水曜3限と4限では、授業内容が異なります>
映像資料の分析も交えますが、基本的には小説・批評を講読していきます。
いま、創作や批評を試みるにあたって、もっともネックになるのが、絶対的な読書量の不足です。ただ、やみくもに数をこなせばよいというわけではありません。プロの作家や書評家でも、作品の読み込み、全体的なパースペクティヴの提示、状況への批判の三つを兼ね備えている人は少ないのが現実です。
しかしながら、複雑化する現実を、既存のリアリズムでは捉えきれなくなっている現状は確かに存在します。SFの講座は英語圏では普通に存在しますが、日本では限られた大学でしか講じられていません。それゆえ、SFの方法を身に着けていれば、並み居る(広義の)作家志望者たちから、一歩抜きん出ることが可能になるでしょう。
そこで講座では、実際にSF評論、文芸評論、ロールプレイングゲーム創作の現場における最新の知見を、随時紹介する予定です。
本気でプロの物書きになりたい人は、大いに歓迎します。前期履修者の継続出席、他学部・他学科からの聴講も歓迎しますが、途中で離脱するケースが多いので、いちどやると決めたら、最後まで受講することを推奨します。さもなければ、身につきません。
しばしば誤解されるのであらかじめお断りしておきますが、「サブカルチャー」だからといって「ラク」というわけではありません!
※2018年前期の内容を、参考までに以下に示します。受講生の関心や状況に応じ、随時変更を加えていきます。教室での指示を聞き逃さないようにして下さい。
講義では、担当テクストを輪読し、解釈に必要なキーポイントとして、文学史や現代思想に関するトピックを解説していきました。
1:オリエンテーション〜J・G・バラード「内宇宙への道はどこか?」、山野浩一〈四百字のX〉講読
キーポイント:SFの定義について、「サイエンス・フィクション(科学小説)」ではない「スペキュレイティヴ・フィクション(思弁小説)」のあり方
2:山野浩一「NW-SF宣言」と未来学(小松左京)批判
キーポイント:現代日本の文芸ジャーナリズムを取り巻く、大ベストセラー中心主義(ブロックバスター)という構造を考える
3:山野浩一「死滅世代」、伊藤計劃「The Indifference Engine」を講読
キーポイント:1980年代以後の文学と批評、吉本隆明『マス・イメージ論』、
4:パトリック・マクグーハン企画・主演『プリズナーNo.6』を分析する
キーポイント:相互監視装置としてのパノプティコン、流動的な監視社会
5:伊藤計劃「From The Nothing, With Love.」を講読
キーポイント:ベンヤミンの複製芸術論、パリンプセスト(重ね書き)、語りの構造と自己言及のパラドックス、帝国主義とスパイ形象
6:山野浩一「X電車で行こう」、「赤い貨物列車」を講読
キーポイント:疎外論(マルクス主義)の視点、彼岸と此岸、ユークリッド幾何学的世界観とそこからの逸脱
7:寺山修司原作『田園に死す』(映画版)を分析、つげ義春「ねじ式」、藤原月彦『王権神授説』、藤原龍一郎『ジャダ』を講読
キーポイント:1960年代〜1970年代におけるアバンギャルド表現と、それが不可能になったポストモダニズムの位置
8: J・G・バラード「コーラルDの雲の彫刻師」、山尾悠子「月齢」を講読
キーポイント:シュルレアリスム、作家の「体験」の反映、長編を中編へと圧縮すること
9:ケイト・ウィルヘルム「掃討の村」、ケイト・ウィルヘルム「計画する人」を講読
キーポイント:シュミットの言う「世界内戦」の恒常化、社会ダーウィニズム、チンパンジーを知性化させるSFの系譜
10:ケイト・ウィルヘルム「ベイビィ、やっぱりきみは素晴らしかった」、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア「接続された女」を講読
キーポイント:文化収奪としてのアイドル表象、ジェンダーSF、文芸ジャーナリズムの制度とリアリズム
11:アレクセイ・ゲルマン監督『神々のたそがれ』を分析、ストルガツキー兄弟「神さまはつらい」を講読
キーポイント:カメラワークによる監視社会の表現、ロシア・東欧SFの歴史と特徴
12:ケイト・ウィルヘルム「翼のジェニー」を講読
キーポイント:「SF」を成立させるガジェット、ロマンスの擬装
13: ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア「そして私は目ざめると、この肌寒い丘にいた」を講読、丹生谷貴志『女と男と帝国 グローバリゼーション下の哲学・芸術』を講読
キーポイント:キーツらイギリス・ロマン主義の詩学、『精神現象学』ほかヘーゲル哲学、アニマル・スタディーズ
14:アーシュラ・K・ル=グィン「オメラスから歩み去る人々」、ハーラン・エリスン「「悔い改めよ、ハーレクイン!」とチクタクマンは言った」を講読
キーポイント:ユートピア文学と革命、リベラリズムとコミュニタリアニズム、「世界精神」型の悪漢像(ヴィラン)、ヴィジュアル・メディアのエッセンス
◆予習・復習
前回の講義で課題に指定されてきたテクストを読んできて下さい。できれば購入すること。
また、各種メディアを駆使して、精力的に文章を発表するような機会を作ってください。講師に見せてもらえれば、できるだけコメントをするようにします。
◆集中授業の期間
【履修上の注意点】
講義の際には、相当分量の論文や小説を読み進めていくことになります。関連して文献も紹介しますが、少々難解かもしれない理論も含まれます。講義へのフィードバックを毎回記入してもらい、それを講義内容へ反映させていきます。その他、双方向的な講義になりますので、積極的な協力・参加が求められます。
【成績評価の基準および方法】
評価のポイントは、以下の4点です。
1)取り扱った作家・作品の内在的特性が理解できているか(約20%)
2)作品の周辺に存在する文脈が理解できているか(約20%)
3)テクストへ積極的に取り組み、読解・創作ができているか(約40%)
4)批評的であることの意義が理解できているか(約20%)
毎回、フィードバックシートへの記入を行ってもらい、それを小テストの代わりとします。それとは別に、期末レポートを課します。なお、レポート執筆の際にWikipediaを参考資料に用いることを禁止します。代返等・コピペ等の不正行為に関しては厳正に対処します。各種文章がしっかり書けていることは、評価の前提条件とします。
上記の学習目標が達せられているかどうかを、フィードバックを含む出席点(40点)、レポート(60点)、のウエイトで評価して総合的に判定します。具体例として、その合計が90点以上をS評価、80点以上90点未満をS評価、70点以上80点未満をB評価、60点以上70点未満をC評価とします。
ただし、出席回数が7割未満の場合、この限りではありません。
なお、2018年度前期のレポートは、書評SNS「シミルボン」を活用し、「文学」と「SF」の間にあるようなスリップストリーム作品について、6000字程度の批評を執筆するというものでした。
最優秀作を、以下に公開しています。参考までにご覧ください。
https://shimirubon.jp/columns/1690934
【教科書・参考書】
区分 書名 著者名 発行元 定価
教科書 『世界にあけられた弾痕と、黄昏の原郷 SF・幻想文学・ゲーム論集』 岡和田晃 アトリエサード 2970円
参考文献 「SF Prologue Wave」 日本SF作家クラブ公認ネットマガジン
参考文献 「TH No.75 ケイト・ウィルヘルム特集」 岡和田晃ほか アトリエサード
参考文献 『J・G・バラード短編全集4』 J・G・バラード 東京創元社
参考文献 『The Indifference Engine』 伊藤計劃 ハヤカワ文庫JA
参考文献 『愛はさだめ、さだめは死』 ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア ハヤカワ文庫SF
参考文献 『山野浩一傑作集? 鳥はいまどこを飛ぶか』 山野浩一 創元SF文庫
参考文献 『死の鳥』 ハーラン・エリスン ハヤカワ文庫SF
参考文献 『反ヘイト・反新自由主義の批評精神 いま読まれるべき〈文学〉とは何か』 岡和田晃 寿郎社
参考文献 『風の十二方位』 アーシュラ・K・ル=グィン ハヤカワ文庫SF
参考文献 『翼のジェニー ケイト・ウィルヘルム初期傑作選』 ケイト・ウィルヘルム アトリエサード
【その他の教材】