私の抱えている課題のひとつに、ドイツ古典主義美学を問い直すことで、モダニズムそのものを再考するというものがあるのですが、そのときに参照したのが、ナチスのイデオローグとして悪名高いドイツの公法学者カール・シュミット(1888〜1985)の『政治神学』、『政治的ロマン主義』などの一連のロマン主義批判の論考でした。
シュミットは、ロマン主義に代表されるある種不条理なところのある民族主義的熱狂を、政治的・実在的中心を欠いた、最悪の意味で美学的なものでしかない、と辛辣に批判するとともに、同時代のヴァイマル共和制期(1920年代ドイツ)の政治体制と、それを巡る論議の数々が、まるで空疎な神学理論のように抽象的で実体を欠いたものになってしまっている、と喝破しました。
そうして彼は独自の「友−敵」理論を打ち立て、国家というものは体制を揺さぶる類の「例外状況」に対処できなければならない(その際には、「法」の停止すら容認される!)、というところから、こともあろうに、民族ロマン主義の鬼っ子ともいえる、ナチス体制を擁護することになってしまったのでした。
こうしたシュミットの姿勢の「捩れ」には、カール・レーヴィットの批判(カール・シュミットの『政治神学』に併載されています)をはじめ、さまざまな考察が寄せられているようなので、ここでは詳述を避けますが、同じような「危険」は、思想・政治的な立場が正反対であるヴァルター・ベンヤミン(特に、『歴史哲学テーゼ』に顕著な終末思想)にも、どこか通ずるところがあると思います。
さて、本書は戦後、学会に復帰したシュミットが、結果的に多大な悲劇を齎した「友−敵」理論を再検討し、その形成過程を問い直したもので、ナポレオン戦争への対抗運動としてスペインで発生した「パルチザン」の歴史的・国際法学的な再定義がキーとなっています。
「パルチザン」的な運動がどのようにプロイセン・ドイツ帝国へと継承され、ひいては社会主義国家の成立過程に入り込んできたかを検証していくことで、みずからの「友−敵」理論、ひいては両大戦の戦間期から戦後の国際情勢の有り方を問い直そうとしている力作です。言うまでもなく、シュミットの抱いていた問題意識は非常に現代的なものを含んでおり、9・11以降の政治思想状況を考えるうえで、おそらく避けて通れない類のものであるでしょう。
その「悪魔的なまでに明晰な頭脳」を表現するためでしょうか、犀利かつ晦渋な文体を採用することが多いシュミットですが、『パルチザンの理論』は比較的平易な文体で書かれているとともに、歴史に根ざした具体例が多く記されているので、理論的な著作にしては入りやすいように思えます。分量も文庫で230ページと少なく、注釈も読みやすい位置についており、比較的楽に読み通すことが可能となっています。
毀誉褒貶甚だしいシュミット思想を概観できる、40ページにものぼる訳者解説も秀逸です。
しかしながら、ちくま学芸文庫という比較的廉価で手に取り易い形態で出版されたにもかかわらず、『パルチザンの理論』は非常に入手困難な状況に陥っているようです。
ざっとオンライン書店を見回しましたが、ほとんどが品切れ状態で、手に入るとしても、文庫に入る以前の版が7000円以上もの高値で売られているのみ。
図書館にも思ったほど入れられていないようなので、興味ある方は是非、復刊希望の投票を行っていただきたく思います。
ただいま86票。
100票まで、もうすぐです。
※時間と能力の関係から、非常に粗雑な要約・紹介となってしまいました。
読み間違い等に関しては、どうぞご容赦願います。
カール・シュミット『パルチザンの理論−政治的なものの概念に関する中間所見』(新田邦夫訳、ちくま学芸文庫、1995)
・復刊ドットコム『パルチザンの理論』特集ページ
http://www.fukkan.com/vote.php3?no=6394・Amazon.co.jpのレビュー
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/448008228X/249-0314854-0104377・パルチザンについて
http://64.233.179.104/search?q=cache:Xuz6ou79iQwJ:www.if-n.ne.jp/member2/netdh/Item/mktext.pl%3Fcorpus%3D0%26id%3DNjk2OTYxMAAA%26word%3D%C2%81%40+%E3%83%91%E3%83%AB%E3%83%81%E3%82%B6%E3%83%B3%E3%81%AE%E7%90%86%E8%AB%96&hl=ja&gl=jp&ct=clnk&cd=68&ie=UTF-8・2ch.シュミット関連スレッド
http://ebi.2ch.net/sisou/kako/992/992133393.html
・『パルチザンの理論』もくじ
凡例
はじめに
序論
Ⅰ この論文の出発点−1808年から1813年まで
Ⅱ われわれの考察の視界
Ⅲ パルチザンという言葉と概念
Ⅳ 国際法の状態への展望
理論の展開
Ⅰ パルチザン主義に対するプロイセンの不適合
Ⅱ 1813年のプロイセンの理想としてのパルチザンおよびその理論への表現
Ⅲ クラウゼヴィッツからレーニンへ
Ⅳ レーニンから毛沢東へ
Ⅴ 毛沢東からラウル・サランへ
最近の段階の局面と概念
Ⅰ 空間局面
Ⅱ 社会構造の崩壊
Ⅲ 世界政治との関係
Ⅳ 技術的局面
Ⅴ 合法性と正統性
Ⅵ 現実の敵
Ⅶ 現実の敵から絶対的な敵へ
訳者解説