治安維持

 
 とある古書店でクロード・オリエの『治安維持』(北嶋廣敏訳/工作舎)を見かけ、しばし感慨に耽った。4年前にこの本を初読した際の「しこり」がずっと胸につかえていたが、その原因がなんとなく判明したからである。

 
 『治安維持』とは、あの松岡正剛がかつて在籍していた工作舎から発刊された小説である。オリエの第2作でもある。系譜としては、いわゆるヌーヴォー・ロマンに属するものだ。
 ただしオリエは、ムーヴメントとしてのヌーヴォー・ロマンからは、どことなく斜に構えたところがあって、SFやミステリの意匠を作品に盛り込み、さらには積極的にシンポジウムに打って出たりして益体もない発言を繰り返したりということで、どことなく姿勢がポップであり、それゆえに少々親しみが持てる。


 さて、「ヌーヴォー・ロマンが好き」と人に話すと、どうも鼻持ちならない権威主義者か、さもなければ「気味の悪いヤツ」といった対応をされることが多いから、最近はあまりそういうことは言わないようにしているのだが、本当に好きなのだから仕方がない。クロード・シモンの『フランドルへの道』ほど生々しいリアルさをもって迫ってきた戦争文学は、ほかに読んだことがない。


 それは別として、ジャン・ブロック=ミシェルによれば、もともとヌーヴォー・ロマンとは肥大化したマスコミ言語に対する〈個〉の観点からの抵抗運動、あるいは映像文化の発展に対する〈言葉〉の抵抗としての役割を担うことが期待されていたらしい。
 しかしながら、抵抗運動それ自体が何らかの自律した目的と化してしまうことは、東西を問わず世の常である。ヌーヴォー・ロマンもその悪しき先例からは逃れられず、やがては肥大化した〈個〉のなかで、言葉そのもののあり方を問い直す方向へと沈潜していった。
 もちろん、ヌーヴォー・ロマンにおけるそのような傾向は、必ずしも否定的に理解されたわけではない。フランス文学者の江中直紀は、「〈個〉に沈潜したかに見える彼らの姿勢は別段閉じられたものではなく、彼らにとって表象するということは、本来、あまりにもたやすい業であったが、あえてそれをやらなかった」という旨を、感慨深げに語っていた[『岩波講座 文学3 物語から小説へ』]。
 しかし、彼らがなぜ〈個〉に沈潜せざるをえなかったか、ということについては、ヌーヴォー・ロマン以前の文学運動――サルトルカミュの提唱した実存主義――や、ジッドの『贋金づくり』の流れを引き継いだ散文実験の延長線上について語られるのみで、真にヌーヴォー・ロマンの作家たちが、社会について、いかなるスタンスを取っていたのか、ということについて、作品論的に語ることを成功させた例は、驚くほど少ない。


 『治安維持』のモティーフとして採られているのは、おそらくアルジェリア独立戦争(1954年‐1962年)である。小説ではひたすらに、北アフリカの人工都市の描写が続けられる。表向きは何ら大きな事件は起きていいように見えるが、その実――裏で、抗争やテロ、破壊工作などが行なわれている様子が――垣間見える。
 時折、「相手のいない」銃撃戦や、カーチェイスとおぼしき描写が差し挟まれるが、結果、その闘争が何であったかの意味を指し示す具体的な説明は、まるでない。
 読者は最後まで、狐に摘まれたようなもどかしさをもって小説を読み進めていくことになる。けれども、アラン・ロブ=グリエの『迷路のなかで』を読んだ際に読者が受けるような、真空が独り歩きして、人間の〈個〉を押し潰していくような感覚というものは『治安維持』には見られない。
 舞台として提示されているのは、真空などではまるでなく、そこに確かに存在する何かであるのは確かなのだが、その意味を汲み取ることができていないのだ。同じくアラン・ロブ=グリエの『ニューヨーク革命計画』は、いわゆる1968年革命をメッセージではなくテクストのあり方(文体、構造)そのものによって軽快に皮肉った作品であるが、『治安維持』の歯がゆい読後感は、ある意味痛快な、このうえなく痛快なエンターテインメントである『ニューヨーク革命計画』ともまるで異なる。


 はじめて『治安維持』を読み終えた際、心の片隅に浮かんだこうしたもどかしさを大事にしていようと思っていた。
 アルジェリア戦争でも、ヴェトナムでも、さらには湾岸戦争でも、実態が見えず戦争の綜合的な意味が掴めないもどかしさは共通していると考えたからである。たとえそれぞれの質は違っても、反復の構造そのものは、しっかりと根付いているのではないかと思われたからだ。


 ただ、アルフォンソ・キュアロンの映画『トゥモロー・ワールド』をじっくり何度も見ると、認識が少々塗り替えられてきた。9・11から6年が経過したいま、『治安維持』的な感性のもとで隠蔽されたきたとされる(陰謀史観な話ではない)意味の空白というものは、もはやオブラートが剥ぎ取られ、剥き出しのままその身を曝してしまっているのではないか、という認識である。
 反復の構造そのものが消え去ったわけではなく、反復を、反復だと感じさせないために取り繕われていた何かが、彼方へと捨て去られてしまったのではないか。


 かつて、カール・シュミットは『パルチザンの理論』を通して、ヴァイマル共和制の頃から延々と続く「決断主義→独裁→主体の転換」という反復構造を、時代の構造だけではなく、地域性や文化的な圏域に関する意識という観点から切り取ることで普遍化させることに成功した。
 しかし、反復の構造そのものがグローバルに普遍化された結果、識域下で隠蔽されていた「友」と「敵」との終わりなき戦いが、顕在化するようになってしまったのではないか。9・11より6年ほど経過したある夜、『トゥモロー・ワールド』のDVDを観ながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。