秋葉原通り魔事件その2
やっぱりニアミスしかけた身としてはちょっと気になるところなので、各誌の報道を見て、少し秋葉原の事件について考えてみる。
そもそもこの事件は、あまりにも阿部和重の小説『ニッポニア・ニッポン』みたいで気味が悪い。聞いた話では、阿部和重の『シンセミア』は、渋谷にダンプカーで突っ込むのだから、まさにそのままだ。
だけどもちろん小説の描いたものと、違うところもたくさんある。
その筆頭としては、犯人の内面と、それ以外の社会との間に、完全に「壁」が出来てしまっていることが挙げられるのではないか。
ただ、「壁」といっても、「壁」が何なのかという意識すら消えうせてしまっている。たぶん、犯人は「壁」があることすら気がついていない。
それゆえ、「どうせ殺すなら金持ちを」などというウェブで叫ばれるような「格差社会への異議申し立て」や、「国会を襲って革命を」などといったテロリスト的な視点、すなわちある種超越的な視点が、この事件の動機となる部分からは完全に抜け落ちているように思う。
ということで、「自分」を取り戻すために「日本」の象徴であるトキを殺そうとする、立派な「テロリスト小説」である『ニッポニア・ニッポン』とも違うだろう。
ポストモダン以前、近代性の源流への退行に近い。
消費社会の行き着く先としての格差社会化が完全に進行していて、格差そのものへの批判意識すら持てなくなっているからだ。
つまり、自分が「下流」や「非モテ」だという意識はあるけれども、それが負け犬意識の外へは繋がらない。自分のほかにもいるはずの、「下流」や「非モテ」の姿は見えていない。
それゆえ「革命」の手段を模索するのではなく、「自壊」というか「心中」の方法しか辿りえなくなっている。
生産手段や生存の方法を完全に奪われ(たと思い込み)、自暴自棄になるプロレタリア文学に登場するような人間の動き方に近いものがあるのではないか。
舞台が「秋葉原」だというのもわかりやすすぎる。
トラックで渋谷を通り過ぎていることから、渋谷ではなく「秋葉原」でなければならなかったのは確かだ。犯人の「ケータイ依存」と「秋葉原」の相関関係は、あまりにも「わかりやすく」提示されている。
こうした「わかりやすさ」の裏側にある出口のなさが、今回の事件を形作っている気がする。
『思想地図』という雑誌がある。そちらの巻末に掲載されている(公募当選の)論文に、萌えアニメとキリストを描いたイコン(聖画像)を対置させることで、消費社会の裏にある「フェイク」としての「宗教性」を炙り出しているものがあったが、こうした「フェイク」としての「宗教性」(の裏面)に、今回の事件の「出口のなさ」は共通するものがある。
「フェイク」としての「宗教性」が導く先は、フェイクの模倣の再生産を、ひたすら繰り返すことに繋がる。ここには消費社会の「軽さ」と「出口のなさ」が同居している。
「ケータイ」にしろ「秋葉原」にしろ、そこで「消費」を通じて取り交わされる「愛」や「癒し」が、結局のところフェイクでしかないということが、半ば「自明のもの」だと「消費」を通じて提示されるところは共通している。
現代を生きる者が、こうした「消費」による「愛」や「癒し」の交換と無縁でいることはできないのは自明のことだ。
事件の表層は現代的で、その内実は前近代的な無理心中。ただし、その現代的な表層が、何かを暗示している。だが、かつての永山則夫事件のように、犯人の内面に入り込むことはできない。
消費社会によって生まれた「宗教なき宗教性」や、格差によって生まれたリアルな貧困が合わさって、出口のない真空へと個人を誘い込んでいる。
が、それは外枠からしか接することができず、結果的に、「わからない」ものとして放置される。
消費社会に生きる一個人として、消費社会のダークサイドを突きつけられた気分だ。
むろん宗教を信じる必要はないし、オウム事件以後、宗教そのものがなんとなく胡散臭い。けれども、「傷つかない」宗教性の裏面はもう少し考察し直されてもよい気がする。
狂気に使われた「ダガーナイフ」が、『ドラゴンクエスト』に登場したということで、RPGをバッシングしようという向きさえ生じていることは見逃せない。
かつて、コロンバイン高校乱射事件で、犯人がはまっていたということから『ワールド・オブ・ダークネス』シリーズが非難の槍玉にあげられたが、いつ同じことが起きないとも限らない。
無駄なバッシングを受けないためには、ゲイリー・ガイギャックスが『ロールプレイング・ゲームの達人』できちんと論証したように、RPGを「犯罪誘発の道具」ではなく、芸術ジャンルとして独自の価値を持つものだと、きちんと胸を張って主張できるだけのロジックを持つ必要があると思う。
困難な課題だが、私も少しずつ、理論や実践を通して、提示していくようにしたい。
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