アンナ・カヴァン『氷』


 アンナ・カヴァンの『氷』を読む。素晴らしい。

氷

 ただ、この小説はこの形のまま提示されることが何よりも大事だとも、同時に感じました。
 安易にビョーキやメタファーや乙女心を読み取っては「つまらなくなる」類の小説だと思います。作品を単純化してフレームに落とし込むような解釈は避け、20世紀という特異な時代性を正面から背負った、真にラディカルな「現代小説」としてまずは語らねばならないでしょう。なにせカヴァンは1901年生まれ(ナタリー・サロートと同い年)。経歴を見るまでもなく作風が明らかにしているように、20世紀を全力で駆け抜けてきた作家なのです。


 カヴァンを「発見」することのできた幸運なSFファンはいくら札束でほっぺたをひっぱたかれても、カヴァンを売り渡してはダメよ。ブライアン・オールディスが序文で、自身の『世界Aの報告書』に準える形で、『氷』を語ったのは、『氷』にとって幸いだったと思います。そもそも『世界Aの報告書』は、批評にも書いたことがあるのですが、「語り」のレベルと「世界設定」部分の両方にずらしの構造が見られる作品で、その姿勢は、形こそ違えど『氷』にも確かに相通ずるものがあるのです。
 そのうえでカヴァンを「SF」として読めば、「SFらしくないSF」だとはじめから読みのコードをずらした状態でスタートできるので、カヴァンのよさを殺さずにいることができます。かつて「カントとともにサド」を読んだような距離感にてカヴァンを読むくらいでちょうどよいのではないかと。「共感」を軸としてカヴァンを読む必要はまったくありません。「カルト」としてカヴァンを「崇拝」する必要もまったくないと思います。


 こうした作品を、矮小化せずにひとつの達成としてきちんと考え、大いなる異物として受容するところから始めなければ、端的に言ってもったいない。まさしく珠玉の作品です。



 BGMはMaybeshewillfrom UKあたりがぴったり。