「「世界内戦」とわずかな希望――伊藤計劃『虐殺器官』へ向き合うために」のエラッタと補足事項



 〈S-Fマガジン〉2010年5月号に「「世界内戦」とわずかな希望――伊藤計劃虐殺器官』へ向き合うために」を掲載いただいてから、多くの方からメールやウェブ上で感想をいただきました。ありがとうございます。
 感想を寄せていただいた方には能う限り応答をさせていただきました。今後も、ご意見やご感想は、私のプロフィール欄のアドレスへメールいただければ、できるだけ応答するようにいたします。

S-Fマガジン 2010年 05月号 [雑誌]

S-Fマガジン 2010年 05月号 [雑誌]

 ただ、申し訳ありませんが、同論文には、私の不注意から、いくつかエラッタ(訂正箇所)が発生しております。
 編集部の許可を得まして、正しい記載事項を紹介させていただきます。お読みになった皆さまには、お手数ですが訂正をいただけましたら幸いです。ご迷惑をおかけいたしました皆さまには、伏してお詫び申し上げます。
 以下、訂正箇所になります。なおページ番号については、〈S-Fマガジン〉2010年5月号を指します。

▼P.233、中段、左から2行目


畢竟(¥¥るび:さいきょう)

畢竟(¥¥るび:ひっきょう)



▼P.244、中段、左から2行目


パルチザンの思想』などシュミットの思想

パルチザンの理論』などシュミットの思想



▼P.247、上段、右から11行目


大戦をと

大戦と



▼P.249、中段、右から9行目


一員だったのだ、

一員だったのだ。



▼P.251、上段、左から1行目


個人の理性の延長戦上

個人の理性の延長線上



▼P.253、下段、右から1行目


すなたち

すなわち



▼P.254、下段、左から11行目


母の死を決断した際、

母の「死」を決断した際、



▼P.257、中段、右から2行目


SFセミナー二〇〇

SFセミナー二〇〇九



▼P.258、上段、右から6行目


高森和巳訳

高桑和巳訳



▼P.258、中段、後ろから10行目


シュミレーション

シミュレーション


10/04/18

 続いて、こちらも編集部の許可を得たうえで、補足事項を記させていただきます。
 P.230の「受賞の言葉」に記しました「戦車に搭乗したロシア軍の兵士が、グルジアのアパートへ歓声を上げながら砲撃を加えているさまを動画投稿サイトにアップロードしている」という箇所ですが、別件でグルジア戦争について改めて調べ直していたところ、2010年3月現在、海外のインターネットサイトの多くでは、グルジア戦争の最中、南オセチアの首都ツヒンバリのアパートにグルジア軍が砲撃を加えているさまがほとんどで、対してロシア軍の動画は主に空爆のものだということが判明しました。
 日本のテレビで報道された動画は以下の通り。

 裏付けを取るために活字で参照できる書物を爪弾くと、大野正美の『グルジア戦争とは何だったのか』という本において、国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」の2009年1月23日付けのグルジア戦争での人権侵害状況についての報告が紹介されています。
 これは、「ロシアとグルジア、さらに南オセチアの現地で四六〇人以上に聞き取り調査をしたもの」ということで、大野氏は「現地で取材した感触からすると、もっとも包括的で実態に近いもの」だと説明しています。

 報告はグルジアについて、民間と軍事標的を区別できないロケット弾などを使った無差別かつ過剰な攻撃で多くの市民を死傷させた、と非難した。ロシアについても南オセチアグルジア領の両方で国際法に反して空爆や砲撃、戦車による攻撃をし、多くの市民を死傷させた、と非難した。また、ロシア部隊が積極的に市民に対して攻撃や略奪などをすることはなかったが、南オセチアグルジア支配地区やグルジア領で南オセチアのオセット人民兵グルジア人住民を攻撃、略奪、殺害するのを放置した、と批判した。さらに南オセチアの分離派政府に対しても、オセット人民兵らによるそうした迫害で南オセチアグルジア側支配地区からグルジア人住民を追い出すことを狙った民族浄化を企て、結果的に約二万二〇〇〇人のグルジア人住民が自分の家に戻れない状況を作り出した、と非難している。

 この記述から見れば、むしろグルジア軍が南オセチアへ砲撃を行なったという事実の方が信憑性が高いように思われます。私が間違っていた公算はかなり高いです。
 ただ、実際、私が「ロシア軍がグルジアのアパートに砲撃する」と題された動画も見たような記憶があります。それが単なる記憶違いだったらよいのですが、その動画は既に消えてしまっていたので裏が取れません(そのことは、「受賞の言葉」を書く前に、http://d.hatena.ne.jp/Thorn/20100205へ記しました)。
 またグルジア戦争から間もない時期には、紙媒体でもウェブででも、いろいろと情報が錯綜していたのように思います。私がチェチェングルジア問題について調べ物をしていた時期には、大野氏の著作も発表されてはいませんでした。一方で、(その信憑性に疑問符は付くにしても)インターネット上には、ツヒンバリの動画はやらせではないかという声もちらほら上がっております。
 こうした、いわば自らの現在進行系の行為を仮想的なものして提示するという行為には、常に受け手の認識を宙吊りにしかねない作用が働いてしまうのではないかと思います。そのあたりを逆手に取ったのが『クローバーフィールド』などのリアリティ・ドラマですが、私が問題としたのは、かような「事実」報道の不確実性そのものです。文学の究極の主題は戦争の表現だという言葉がありますが、戦争のような人間の認識の枠組みを根本的に破壊しようとする行為を表象することは、相対的に見ても極めて難しいものがあります。だから逆を言えば、『虐殺器官』が戦争SFであることには、意義があるのだと言えます。
 「受賞の言葉」では、あくまで調査時点のファースト・インプレッションを大事にしたいと思い、またこうした不確実性をも前提としたうえで変化する時代の様相を表すため、かような記述を行なった次第ですので、目的とするところはまったく変わらないのですが、グルジア戦争と動画の関係について、現時点で裏を取ることのできるポイントを参考までに提示させていただくことにした次第です。
 そのため、「戦車に搭乗したグルジア軍の兵士が、南オセチアのアパートへ歓声を上げながら砲撃を加えているさまを動画投稿サイトにアップロードしている」という書き方が、現時点では信憑性の高い記述として提示できると言えるでしょう(奥歯に物の挟まった形に見えるのは承知しておりますが、こういう書き方が誠実だと判断いたしました)。ゆえに、もし引用などされる機会がありましたら、「戦車に搭乗したグルジア軍の兵士が、南オセチアのアパートへ歓声を上げながら砲撃を加えているさまを動画投稿サイトにアップロードしている」と、していただけますと、ありがたく思います。
 混乱を招いたのであれば申し訳なく思っております。今回の補足を、何かしらお役に立てていただけましたら幸いです。

グルジア戦争とは何だったのか (ユーラシア・ブックレット)

グルジア戦争とは何だったのか (ユーラシア・ブックレット)