『ダンジョン・マガジン年鑑』を読んでアメリカのRPGの広さ、深さを知ろう!

 こちらもお知らせがだいぶ遅くなってしまいましたが、翻訳に協力させていただきました『ダンジョン・マガジン年鑑』が好評発売中となっております。この『ダンジョン・マガジン年鑑』はアメリカで刊行されている歴史ある『D&D』専門誌「ダンジョン」という雑誌に載ったシナリオをまとめたものです。

ダンジョン・マガジン年鑑 (ダンジョンズ&ドラゴンズ第4版 アドベンチャー集)

ダンジョン・マガジン年鑑 (ダンジョンズ&ドラゴンズ第4版 アドベンチャー集)

 「ダンジョン」とは、平たく言えばひたすらに『D&D』のシナリオが掲載されている雑誌なのです。もともとは読者からの投稿シナリオを主体としていた雑誌だったのですが、現在はライターの登竜門ともなっており、アメリカのRPG文化の重要な屋台骨の一柱となっています。
 かつて株式会社新和から発売された88年の「オフィシャルD&Dマガジン」創刊号に、「ダンジョン」1号のシナリオ「エルフの家」が訳出されてから、もう12年が経過していますね。ようやく、先人の想いを受け継ぎ、「ダンジョン」誌の日本版をふたたび公開できたので、感慨深いものがあります。
 だからこの傑作選も、なかなかの粒ぞろいの逸品となっています。プレビューから序文を読むことができますが、こちらにも引用しておきましょう。収録シナリオを紹介した部分になります。

 『氷塔の脅威』ショーン・モリー作、『Dungeon』誌159号より:本書の冒頭を飾るアドベンチャーフォーゴトン・レルムを舞台とし、2レベル・キャラクターたちを対象としたものだ。『フォーゴトン・レルム・キャンペーン・ガイド』で町のサンプルとして紹介されたラウドウォーターの近郊に設定されたこの作品には、低レベル・パーティによる小型ダンジョンの探索を忘れがたい体験にする要素が余さず詰め込まれている。そこには古典的なモンスターや、変異したゴブリンの一団、予想を裏切るボスキャラが登場するし、戦闘以外にも挑戦しがいのある困難がPCたちを待ち受けている。


 『魔女の冬』スティーヴン・ラドネイ・マクファーランド作、『Dungeon』誌161号より:ここで、アドベンチャーの対象レベルは本書所収中最低のものからいきなり最高の22レベルへと跳ね上がる。これは本書で唯一の神話級アドベンチャーだし、現在までに僕たちが世に出した神話級アドベンチャーというくくりで考えても、ほんのひと握りのうちの1つだ。でもね、神話級だからという理由だけで『魔女の冬』を選んだわけじゃないんだ。“冬の魔女”本人が醸し出す妖気と、ウェイン・レイノルズのイラストとが相まって、背筋が凍るような(あ、オヤジギャグのつもりじゃないんだぜ)プレイ感が味わえることが一番の理由なんだ。


 『岩皮王の玉座』ローガン・ボナー作、『Dungeon』誌166号より:『Scales of War』シリーズから本作に収められたこのアドベンチャーは、15レベルという伝説級の真っ只中にいるキャラクターたちを対象とするものだ。作者ローガンは冒険者たちをフェイワイルドに放り込み、フォモールの王の根城に渦巻く狂気と、狡猾この上ない強敵――ティアマトに仕える変幻自在なグリーン・ドラゴンのエグザルフ――に直面させる。緊迫した交渉と手に汗握る戦闘が同居するこのアドベンチャーは、『Scales of War』シリーズにおいてティアマトが最大の脅威であることがきわめて鮮烈に印象づけられた作品でもある。


 『嵐の塔』クリストファー・パーキンズ作、『Dungeon』誌166号より:『Dungeon』誌の選集に、この雑誌で最も多産なライターの作品を入れないなんて話があるか? この3レベル・アドベンチャーのトンデモなさは、パワープレイ四人衆とでもいうべきスコット・クルツ(PvP所属)、マイク・クラフリク、ジェリー・ホルキンス(共に『Penny Arcade』*所属)、ウィル・ウィートン(訳注:映画『スタンド・バイ・ミー』で、語り手役の少年を演じた俳優)が、そのハチャメチャぶりを遺憾なく発揮したプレイを元ネタにしている点にも見ることができる。マイク・クラフリクが描いてくれたとびきりのイラストもまた、このアドベンチャーに色を添えているよ。(訳注:*はビデオ・ゲームやその周辺の文化を紹介する、アメリカの老舗ウェブ・コミック。ネーミングはおそらくビートルズの名曲“ペニー・レイン”と“文無しゲーマーズ”をかけてのもの)


 『禁断の炉の中心』ルーク・ジョンソン作、『Dungeon』誌167号より:7レベル・キャラクター向けのエベロンのアドベンチャーが、『ダンジョン・マガジン年鑑』の最後を飾る。ウォーフォージドのドラゴン――それだけ言えば充分だろう。ルークから最初にそのアイデアを打ち明けられ、デザイン・マネージャーのジェームズ・ワイアットにお伺いを立てた時のことは忘れもしないよ。「それって行けると思いますか?」僕は訊ねた。「ウォーフォージドのドラゴンだとぉ?」目がきらきらと輝いていたよ。そのアイデアをジェームズがどう受けとめたのかは、実際に読んでもらえばわかるってものさ。この本の中でもとびきり独創的な悪役が、行く手に立ちはだかる冒険者たちを身も世もない絶望に投げ込もうと待ち構えているんだ。普段はエベロンでプレイしていない人たちにとっても、このアドベンチャーはとびきりに面白いこと請け合いだよ。


 残念ながら割愛せざるを得なかったいくつかのアドベンチャーについても、敬意を表してここに名前を挙げておきたい。『Havenof the Bitter Glass』(http://www.wizards.com/dnd/Article.aspx?x=dnd/duadp/2009March)と、『Rescue at Rivenroar』(http://www.wizards.com/DnD/Article.aspx?x=dnd/duadp/20080711)の2作はどちらも、『Dungeon』誌の最初の1年間に誌面を賑わした『Scales of War』シリーズの傑作だ。そして『Last Breath of Ashenport』(http://www.wizards.com/DnD/Article.aspx?x=dnd/duad/20080729)は、ラヴクラフトのホラー風味をちょっぴり加えることで、ゲームがとびきり面白くなることのまたとない例だ。

 http://www.hobbyjapan.co.jp/dd/news/dunmg/index.html 

 つまり、粒揃いの短編〜中篇シナリオが5本も収録されているわけです。英雄級、伝説級、神話級(!)もよりどりみどり。そして、フォーゴトン・レルムエベロンのシナリオも入っていますよ。フォーゴトン・レルムのシナリオ『氷塔の脅威』は『フォーゴトン・レルム・キャンペーン・ガイド』の付属シナリオに接続でき、エベロンのシナリオ『禁断の炉の中心』は『失われし王冠を求めて』の後に接続することが可能です。
 また、『魔女の冬』は神話級シナリオです。神話級シナリオが日本語化されたのは、はじめてのことではないでしょうか。対応レベルは22となっていますので、ぜひチャレンジしてみてください。
 『岩皮王の玉座』は『Scales of War』アドベンチャー・パスから代表作として選出されたものです。『Scales of War』は第3.5版用のキャンペーン・シナリオ『赤い手は滅びのしるし』のその後を描いた第4版用連作アドベンチャーであり、通してプレイすることで、キャラクターは1レベルから30レベルにまで成長するといったもので、「ダンジョン」誌に156号からほぼ毎号掲載され、175号で完結しました。この「Scales of War」が日本語で公式にサポートされたことも記念すべき事柄ではないかと思っています。
 また、本の全体にわたって、主にコラムの形で細やかなアイデアを形にするヒントや経験談があちこちに鏤められているのも見逃せないところです。シナリオライターが何に気をつけているか、どういう意図があってそのような記述を行っているのかが手に取るようにわかり、RPGのシナリオに文芸的な価値を見出していた僕にとっては、そこらの創作入門よりもはるかに有用な内容として読むことができました。つまり、シナリオのプロットを羅列するのではなく、作品について自分からつけた注釈として捉え返すことができるのですね。なので、事例が具体的だし、シナリオをきっかけとして、他の芸術分野への越境する可能性も示されています。シナリオの中には、アルジャーノン・ブラックウッドの著作からインスパイアされたものすらあるんです! 
 ダンジョン・マスターになりたい人、お話の作り方に興味がある人、そして物書きになりたい人は、いちど『ダンジョン・マガジン年鑑』を開いてみて下さい。RPGの現場で口伝で伝わっていた運営のノウハウやデザインのコツが、きちんと明文化して示されています。



 そして個人的にいちばんのお勧めは「嵐の塔」。これは「Penny Arcade」という老舗ウェブコミックサイトのライターとイラストレイターがタッグを組んで参加したシナリオを母体とした、すてきなコンセプトのシナリオです。
 見てくれ! こういうD&Dもあるんだぜ。

 ※日本語版では吹き出しもちゃんと訳してあります。


 このシナリオの初出時には、『スタンド・バイ・ミー』の語り手役の少年でおなじみの、ウィル・ウィートンも参加していたとか。セッションの一部始終はPodcastとして音声配信されました。
 詳細は『ダンジョン・マガジン年鑑』を参照してほしいと思いますが、以下のURLから無料でストリーミング再生とダウンロードができます。ネイティブの会話速度なので日本人にはヒアリングが難しいかもしれませんが、ぜひ聞いてみて下さい。
 以下のページにあるSeries 2のEpisode 1〜8が本作のプレイとなります。
http://www.wizards.com/dnd/podcasts.aspx


 若き日のウィル・ウィートンはこちらから。彼は少年の心を忘れず、自分のパーティを「お前のものは俺のもの有限会社」などとのたまっているわけですね(笑)


 そういえば一般的に、「シナリオは売れない」というネガティヴなジンクスがあるとまま噂されますが、JGC2010に先行発売で持ち込まれていた『ダンジョン・マガジン年鑑』については持ち込んだぶんは売り切れていたようなので、「シナリオ集は売れない」というネガティヴなジンクスは思い込みにすぎないものなのかもしれないなあ、と感じた次第です。
 読み物としても実際のセッションにも使える2度おいしい表現形式なのだから、あとは必要な人にちゃんと届けるということでしょうか。