第37回日本SF大賞推薦文&選考委員への要請など

 私がエントリーした『ドン・キホーテの消息』樺山三英幻戯書房)、『〈物語る脳〉の世界―ドゥルーズ/ガタリのスキゾ分析から荒巻義雄を読む』藤元登四郎寿郎社)が、第37回日本SF大賞の最終候補に選出されました。まずは、めでたい。樺山さん、藤元さん、おめでとうございます。
 さて、私は『〈物語る脳〉の世界』の帯文と解説を執筆しました。その経験から、選考委員諸氏に一つ要請をしたいと思います。
 選考にあたっては、ドゥルーズガタリの仕事、最低限『アンチ・オイディプス』を併読していただきたいのです。

アンチ・オイディプス(上)資本主義と分裂症 (河出文庫)

アンチ・オイディプス(上)資本主義と分裂症 (河出文庫)

アンチ・オイディプス(下)資本主義と分裂症 (河出文庫)

アンチ・オイディプス(下)資本主義と分裂症 (河出文庫)

 もちろん『〈物語る脳〉の世界』は普通に読んで楽しめる書物ではありますが(用語解説があります)、それは一読者としての姿勢。選考委員として当否の評価を下すのであれば、ドゥルーズガタリとSF論、という現代思想的な視点を閑却できるはずはなありません(荒巻義雄作品については全員がすでにご存知でしょう)。
 今年のSFセミナーで議論の機会がありましたが、この点に不安を感じました。
 くれぐれも「現代思想に通じていないので or 対象作品を未読で、評価できなかった」という選評はおやめ下さい。
 なお、「日本近代文学」第95集に寄稿した「『北の想像力 〈北海道文学〉と〈北海道SF〉をめぐる思索の旅』を編纂して」の記述には、SFセミナー2016のSF大賞パネルでの議論が反映されています。学会誌ですが大手のものですので、閲覧は比較的容易と思います。
 それでは、岡和田晃がSF大賞に推薦した文章を、以下に再掲したく思います。

高原英理『アルケミックな記憶』(アトリエサード/書苑新社)
 名アンソロジー『リテラリーゴシック・イン・ジャパン』の編集に関する逸話が語られているのにまず目が行くが、本作のSF評論としての新しさは、第一世代の日本SFと伊藤計劃(あるいは「伊藤計劃以後」をも見据えた)視点と、中井英夫澁澤龍彦稲垣足穂らにまつわる批評的なヒストリオグラフィーが、評者の身体において連関していることだ。『少女領域』や『無垢の力』に見られた硬質の論考と、『ゴシックハート』や『ゴシックスピリット』に垣間見えた実践的なオピニオンリーダーの精神とが、肩の力を抜いた形で融合を果たしている。こうした編集者としてのコンセプトワークから鑑みれば、「リスカ」や『不機嫌な姫とブルックナー団』などの作家としての近作に見られたやわらかな文体は、背後に綿密な蓄積と計算に由来するものだということがうかがえる。何より、本書のような領域横断的アプローチでなければ語れない作品が、いまのSFにはあまりに多い。

アルケミックな記憶 (TH SERIES ADVANCED)

アルケミックな記憶 (TH SERIES ADVANCED)

藤元登四郎『〈物語る脳〉の世界――ドゥルーズガタリのスキゾ分析から荒巻義雄を読む』(寿郎社
 藤元の前著『シュルレアリスト精神分析 ボッシュ+ダリ+マグリットエッシャー+初期 荒巻義雄/論』は、自費出版ながら第33回日本SF大賞の最終候補作に選出された驚嘆すべき著作であった。本作では前著の方法論をいっそう洗練させ、文字通りに“SF・文学・現代思想を横断し「脱領土化」する、平滑的な比較精神史”が提示されている。一貫しているのは、どこまでもSFをカウンター・カルチャーとして捉える観点なのだが、それは分析ツールとして用いられるドゥルーズガタリの『アンチ・オイディプス』や、読解される荒巻義雄『白き日旅立てば不死』が書かれた時代(ともに1972年)にも密接に関連するものだった。のみならず、本書は精神科医たる藤元がそれらのどこにリアリティを感じるのか、そこが明確である点において、ドゥルーズガタリ荒巻義雄を取り結ぶ回路を、直線上ではなく網目(リゾーム)状に設定することに成功した。・ロブ・ボイルほか『エクリプス・フェイズ』(アークライト/新紀元社
 ブルース・スターリング『スキズマトリックス』を一つとモデルとしたポストヒューマンRPGの基本ルールブック。シンギュラリティが到来した未來の太陽系を舞台に、肉体や遺伝子に改造を施したトランスヒューマンを演じる。日本語版の文字数にして百万字を超える大著で、ナノテクや知性化動物など、SFのありとあらゆるシチュエーションを表現できる材料が揃っている。グレッグ・イーガンチャールズ・ストロスなど新世代のSFの要素を貪欲に取り込んでいるのも特徴だ。「SF Prologue Wave」上では長く小説企画が継続しており、また、「ナイトランド・クォータリー」Vol.06では、ケン・リュウの『エクリプス・フェイズ』小説「しろたえの袖(スリーヴ)――拝啓、紀貫之どの」が訳載された。「Role&Roll」上でのシナリオやリプレイ記事とも連動しつつ、SFとゲームを横断しつつ両者の結節点を探る壮大なシェアードワールドは、ジャンルの垣根を打ち破る潜勢力を秘めている。
エクリプス・フェイズ (Role&Roll RPG)

エクリプス・フェイズ (Role&Roll RPG)

樺山三英ドン・キホーテの消息』(幻戯書房
 セルバンテス没後四百年の節目にあたる今年陽の目を見た本作は、“最初の近代小説”を大胆にアップデートさせた快作だ。数ある“ドン・キホーテもの”のなかでも、大江健三郎『憂い顔の童子』や殊能将之『キマイラの新しい城』のような新しい作品がふまえられているが、中核にあるのはホルヘ・ルイス・ボルヘス「『ドン・キホーテ』の著者、ピエール・メナール」が直面した創作と批評の不可能性へと、果敢に切り込む蛮勇だろう。レイモンド・チャンドラー風の探偵小説を擬した語りには安定感と、川崎康宏『銃と魔法』を彷彿させる愛嬌がある。海外文学の研究者や愛読者は趣味的な空間に自足し状況へ関心を持たないと思われがちだが、本作には近代そのものを問い直す過程にて、「みんな」でスケープゴートを探して回るSNS時代の同調圧力を相対化する強烈な批評性がある。(「図書新聞」 2016年9月10日号、連載文芸時評での言及箇所を抜粋)
ドン・キホーテの消息

ドン・キホーテの消息

藤井太洋さんからの依頼を受け、一部の文章を削除しました(2016.12.30)。