「オリジナルシナリオを創ろう!」のその先は? 〜3、既製シナリオのアレンジなど〜


 初見のRPGシステムをプレイしようとする場合、多くのゲームマスターは、ルールブックに記載されている既製のシナリオを運用することで、システムの性能をチェックしようとすることと思います。
 そして、セッションを通じて、「自分にはこのシステムが合いそうだな」「自分にもこのシステムが運用できそうだな」と思ったら、実際に、オリジナルのシナリオの作製に取り掛かるわけですが、やはり、ゼロからオリジナルのシナリオを作製するのは難しいものです。


 なので、その中間段階として、「既製のシナリオを味付けする」ことが、案外重要となってくるのだと思います。そこで今回は、味付けの例として、「動物もの」ジャンルの傑作RPG『ラビッツ&ラッツ』の既製シナリオのアレンジ例を載せてみましょう。例によって、『ラビッツ&ラッツ』を知らない人もいるでしょうから、システムの紹介を兼ねた文となっております。


●『ラビッツ&ラッツ』とは?


 私的な話で恐縮ですが、私は劇場版の『ガンバの冒険』のビデオを100回は見ています。『ガンバの冒険』とは、街ネズミのガンバをはじめとした個性豊かなネズミたちが、白イタチのノロイの侵略から島ネズミを守るため力と知略を尽くして戦い続けるという冒険譚で、非常に緊迫したストーリーも相俟って、血湧き肉躍る物語となっています。
 原作は、岩波少年文庫から『冒険者たち』という題で刊行されています。私が観た劇場版は、テレビ版と基本的にはストーリーは共通しているようです。テレビ版は何度も再放送がなされているようなので、ご存知の方もいらっしゃるかもしれません。


冒険者たち ガンバと15ひきの仲間 (岩波少年文庫044)

冒険者たち ガンバと15ひきの仲間 (岩波少年文庫044)


 さて、この『ガンバの冒険』のような、動物を主人公にした冒険を再現するというコンセプトのRPGが、『ラビッツ&ラッツ』です。
 かつては『タクテクス』という雑誌に掲載されていましたが、いまは作者の許可を得てオンラインで無料公開がなされています。
 デザイナーは、傑作RPGローズ・トゥ・ロード』や、『Role&Roll』誌での連載「魔法イメージ探訪記」で知られる門倉直人先生と、『クトゥルフ神話TRPG』(『クトゥルフの呼び声』)のキャンペーンシナリオ『黄昏の天使』で知られる有坂純先生です。


・『ラビッツ&ラッツ』
http://www.glorantha.to/~yelm/randr/


 最近では、『Role&Roll』のVol.37で紹介された『ナイトメアハンター=ディープ』の追加ルール『野獣ノ夢 ノケモノタチのユメ』が、この『ラビッツ&ラッツ』へのオマージュとなっていました。それだけ、斬新で人気のあるジャンルなのでしょう。


●『ラビッツ&ラッツ』のポイント


 いちどルールを読み、キャラクターメイキングをしてみるとわかりますが、このルール、『ストームブリンガー』や『クトゥルフ神話TRPG』と同じ、「ベーシックロールプレイング」という汎用ルールを使用しています。
 もちろん単体でプレイ可能なのですが、初期作成段階では、『ストームブリンガー』や『クトゥルフ神話TRPG』よりも、若干キャラクターが弱めです。
 動物の世界は単にメルヘンなだけではなく、弱肉強食の掟に縛られた、非常にシビアな世界であるということでしょう。これは、『ガンバの冒険』を観ていただければ、納得できることと思います(力ではなかなか太刀打ちできないのですから、知恵を使う必要が出てくるというわけです)。


 さて、その際には、〈思いつく〉という技能が重要になってきます。これは、動物ならではの思考ルーチンを表現する、画期的なシステムです。以下、『ラビッツ&ラッツ』より引用してみましょう。

〈思いつく〉:
 プレイヤー・キャラクターは(たとえ物語の中で「喋って」いるとしても〉あくまでも動物です。プレイヤーが、普通ならば人間にしか思いつかないような(動物にとっては)突飛な手段や工夫を考えついたとしても、それをそのまま動物であるキャラクタ一に実行させるというわけにはいかないのです。この〈思いつく〉技能は、このような破天荒な思いつきをキャラクターが実感と確信を持って「理解」し、実行に移すことができるか否かをチェックするための指標です。例えば川を渡るのに、泳ぐ代わりに舟(またはそれに類する物)を使って渡るなどということは、舟など見たことも聞いたこともないキャラクターにとっては、そうそう簡単に思いつけるものではありません。プレイヤーが自分のキャラクターにこのような行動をさせようとする際は、まずその〈思いつく〉技能ロールのセービング・スローに成功しなければならないのです。


 また、動物がどのように動物どうし、あるいは人間とコミュニケーションを図るのかというのも、重要なポイントです。『ラビッツ&ラッツ』では、〈生け垣語〉や〈人間語〉という「言語」のルールを通じて、こうした状況を表現しています。

〈生け垣語〉:
 種族の異なる動物間で用いられる、極めて簡潔で単純な共通語です。何か重要(だが端的)な意志を異種族の動物に伝えようとする場合、この技能に成功すればうまくいったことになります。失敗は、意志の疎通に何らかの誤解が生じたことを意味しています。


〈人間語〉:
 この技能に成功すると、人間が話していることのだいたいの内容が分かります。どんな場合であれ、動物が人間の言葉を喋ることは絶対にできません。


 オリジナルのシナリオを創る際には、〈思いつく〉と「言語」の設定を活かして、シナリオを考えるとよいと思います。


 さて、『ラビッツ&ラッツ』には、「青の村のうさぎたち」「サイト・オブ・ナイト」という2本のシナリオが収録されています。
 まずは、この2本を遊んでみれば問題ないと思うのですが、この先には、動物ものの資料を渉猟しながら、シナリオを考えていく必要があるでしょう。


 まず、『ラビッツ&ラッツ』と同系統のシステムとして、『GURPS バニーズ&バロウズ』のリプレイが、グループSNEのホームページで紹介されています。こちらは必読でしょう。


・『GURPS バニーズ&バロウズ
http://www.groupsne.co.jp/user/replay/g_bb/index.html


 続いて、『冒険者たち』のほかにも、動物ものと言われるジャンルには傑作が存在します。


 ・リチャード・アダムズ『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち』

ウォーターシップ・ダウンのウサギたち〈上〉 (ファンタジー・クラシックス)

ウォーターシップ・ダウンのウサギたち〈上〉 (ファンタジー・クラシックス)

ウォーターシップ・ダウンのウサギたち〈下〉 (ファンタジー・クラシックス)

ウォーターシップ・ダウンのウサギたち〈下〉 (ファンタジー・クラシックス)


 ・松浦寿輝川の光

川の光

川の光


 ・ケネス・グレアム『たのしい川べ』

たのしい川べ (岩波少年文庫 (099))

たのしい川べ (岩波少年文庫 (099))


 これらの資料を読み、世界観に親しむことができれば、オリジナルシナリオを考えるのは楽でしょう。


 ただ、直接動物を扱っていないものでも、シナリオのヒントとすることは可能です。
 例えば、私は北海道の神話や伝説に関心があります。そこで、北海道に伝わるニングルという小人の伝説を利用して、既製シナリオをアレンジしてみました。それが、以下紹介するプレイリポート「ニングルの森のうさぎたち」です。その性質上、シナリオ「青の村のうさぎたち」の「ネタバレ」となっている部分がありますので、読まれる際にはご注意下さい。

■『ラビッツ&ラッツ』プレイリポート:「ニングルの森のうさぎたち」


【主な登場動物】


《PC》
ナズナ…若く、血気さかんなうさぎ。
ドジロー…マッチョうさぎ。
アネゴ…アイドルうさぎ。


NPC
ハコベナズナの父。
タンポポナズナの母。
イバラ…ドジローのライバル。
カワカゼ…ニングル。
グレース…シャムネコ。
ミナモ…カワウソ。


【ストーリー】


●舞台


 初秋。北海道のほぼ中央、周囲を十勝岳連邦におおわれた美瑛の丘は、一帯、風光明媚な景勝地として、毎年多くの観光客を集めています。そのはずれに、西が森はありました。地元住民でさえほとんど気にとめることのない、小さな森。近くには、農家が何軒か点在しているだけです。けれども、この森には、開拓当時より伝わる不思議な伝説がありました。なんと、ニングルが住んでいるというのです。


 ニングル。聴きなれない名前ですね。彼らは妖精の一種です。ヨーロッパの伝承に現れるノームやトロール、同じ北海道に伝わるコロボックル伝説などを想像していただければわかりやすいかもしれません。彼らは昔からひっそりと、大自然を友として暮らしてきました。アイヌの人たちはニングルを自分たちと同じような人間として扱い、対等の権利を持つものだと思っていました。


 けれども、彼らはいつのまにか姿を消してしまい、美しかった森は次々と道路や畑に変わっていってしまいました。もともと内気な性分だったニングルたちは人里を離れ、今ではわずかにこの辺りの森に住んでいるだけです。


●旅立ち


 さて、そのニングルの森に、うさぎの穴がありました。穴とはいっても、ミミズや地虫などがたくさんいる、うすぎたない、じめじめした穴ではありません。穴の周りには、美しい青い草花が一面に生えていてたいそう綺麗ですし、穴の中も快適そのものです。なんたって、何十匹ものうさぎが、この穴で暮らしているのですから。うさぎたちは、この穴のことを「青巣穴の村」と呼んでいました。


 村の北側に広がる穴の中に、ナズナという名前のうさぎが住んでいました。ちょっぴり自信過剰なところがあって仲間たちに自分を「リーダー」と呼ばせたりするほかは(そして彼らはそう呼ぶことを面白がっているのですが)、いたって気のいい若うさぎです。


 あるとき、彼が自分の部屋ですやすやと寝ていると、父さんうさぎのハコベが、神妙な面持ちでやってきました。ハコベは言いました。


ナズナ、よく聞いてくれ。タンポポが病気になってしまった」と。


 タンポポとは、ナズナの母さんうさぎの名前です。気丈者で知られるタンポポの変わり果てた苦しみようを見て、さすがのナズナも胸を痛めました。


「伝染性の皮膚病だ」ハコベは静かに言いました。「ずっと隠しとおしていたらしい」


 しかも、この病気は単なる皮膚病ではなく、毛が抜けていく範囲が広がっていくにつれて、だんだんと体そのものも弱っていく種類のものでした。このままいけば、いずれタンポポは弱って死んでしまうことでしょう。


「それだけではない。病気がひどくなったら、やがては他のうさぎたちにも気づかれてしまう。そうしたら、私たちはこの村を追放されなくてはならない」
 ハコベは続けます。
「そして問題なのは、私たちもすでに感染してしまっているだろう、ということだ。遅かれ早かれ、私たちも母さんのようになってしまう」


 ナズナが答えます。
「何か、治す手立てはないの?」


 父さんうさぎは、しばらくうんうん考えていたようですが、おもむろに口を開きました。


「これは、わたしのひいひいひいおばあさんから聴いた話なんだが、北にちょっと行ったところにあるニンゲンたちの菜園に、『イル・ファン』という名前の薬草が植えられているらしい。それを使えば、もしかしたら……」


「その薬草を取りに行けば早いじゃない」


「うぅん、行けないことはない。しかし、この森を離れると何かと危ないのだよ。森にはキツネやイヌ、ひょっとしたらフクロウやタカなんかもいるかもしれない。幸いこの巣穴の周りには、そうした危険な動物たちはいないのだが、いざここを離れるとなると……」

 ハコベはためらっているようでした。けれども、さすがは父さんうさぎ。心を決めたようです。
「わたしはこれから、『イル・ファン』を探しに出かける。おまえはここで母さんを見ててくれ。大丈夫、すぐ戻ってくるよ!」


 しかし案の定、次の日になっても、その次の日になっても、ハコベは帰ってはきませんでした。
 さすがにナズナは心配になって、友だちのドジローとアネゴに相談することにしました。


 ドジローとは本名をドウジロウといいます。けれどもそのままじゃあ呼びにくいので、いつのまにかドジローというあだ名が定着してしまったのです。彼は腕っぷしが強いのが自慢で、それと同じくらい負けん気も強いのですが、不思議とナズナとはウマがあって、よく一緒に遊んだりする仲でした。一方、アネゴは踊りが得意なメスのうさぎで、若衆うさぎたちが集まる広場でのヒロイン的存在なのですが、好奇心が強く、おもしろそうなことには何にでも顔を突っ込みたがるのです。二人、もとい二匹は事情を聞いて、とりあえず一大事と、村を抜け出してナズナといっしょに「イル・ファン」を探しに出かけることにしました。


 けれども、村の唯一の出入り口は、長老のお気に入りであるイバラという名前の体格のいいうさぎが番をしています。困りました。ナズナたち若衆うさぎは、今の季節は巣穴の外に出ることを許されていません。大人のうさぎでさえ、巣穴の近くに生えているモミの木より向うには行くことができないのです。


 なんとかイバラをやりすごそうと、彼らは色々と作戦を練ります。アネゴの色仕掛けも、あと一歩のところで通用せず、ナズナは賢明に言いくるめようとしますが、今ひとつうまくいきません。最後の手段として、ドジローが実力行使に及んだのですが、さすが相手は歴戦の猛者、あっさり返り討ちにあってしまいました。おまけに、イバラの強力な一撃を受けたドジローは、痛みに我慢しきれずに、心神喪失状態に陥ってしまいました。
 二匹は密かにアネゴに憧れていたライバル同士だったので、今やドジローは完全に自信を失ってしまいました。ほうほうの体で逃げ帰るうさぎたち。思わず現実から逃げ出して黙々と草を食べたりしてしまいます。しかし、それではいかんと一念発起したうさぎたちは、とりあえず新たな出口を見つけることに決め、ナズナの家の壁を掘ってトンネルを作ろうとしますが、こちらもうまくはいきません。


 仕方がないので、彼らはもう一度、イバラのもとに向かうことにしました。するとどうでしょう、イバラは気持ちよさそうに居眠りしているではありませんか! これはチャンスと、必死で勇気を振り絞り、先ほどの屈辱を晴らすべく、ドジローはイバラのもとへと近づいていき、必殺のキックをかまします。その間に、残る二人は横をすり抜け、出口へと一目散に向かうことができました。


 残るはドジローとイバラの真剣勝負。常にライバルとして争っていた二人が、今、雌雄を決するのです。軍配はドジローに上がりました。長老のお気に入りとして日々を安楽に過ごしてイバラには、かつてのファイティング・スピリッツはなかったのです。イバラは目を回してその場に倒れこみました。


●ニングル


 さて、無事巣穴の外にたどり着いた一行。でも、時刻は夜中でした。太陽に照らされているときの森はとても暖かく優しげに思えたものですが、今こうして見てみると、ひどく陰鬱で寂しげな場所に思えます。


 とりあえず、「イル・ファン」は北の菜園に咲いているはず。恐る恐る、一行は進んでいきました。すると、森の奥から、何かがもみあっているような音と、「助けて!」というような悲鳴が聞こえたような気がしました。


 イバラを倒して自信を取り戻したドジローは、わき目も振らず物音の方に向かいました。


 そこにいたのは、うさぎたちより二まわりほど大きな図体をした、アナグマでした。彼らはこのアナグマを知っていました。カンガレイです。カンガレイは、日ごろは温厚ですが、近くを通りがかる小動物にちょっかいをかけるという悪い癖があります。ドジローはカンガレイを止めようとしましたが、彼はすっかり頭に血がのぼってしまっていたようで、話になりません。とりあえずドジローがカンガレイを相手にしている間に、二匹は襲われていた動物を助けに向かいました。


 慌てたナズナが何度も転んだり、色々とハプニングがあったものの、一行はなんとかアナグマを離れ、いまや意識を失っていた動物を介抱することができました。


 しかし、その動物は、一行は今まで見た動物たちとは全く毛色が違っていました。どことなく、ナズナが幼い頃に会ったニンゲンに似ています。しかし、このニンゲンはうさぎよりちょっと大きいくらいです。こんな小さなニンゲンなんているわけありません。


 しばらくたつと、彼は意識を取り戻しました。
「どうもありがとう。うさぎというのは親切な種族なんじゃな。申し遅れた。私はニングルのカワカゼという。せまっくるしい村を離れていろいろ旅をしようと思ったら、案の定このざまさ」
「ニングルって?」
「おや、おまえさんがたはわしらのことを知らんのか? まあ、それも無理はないな。わしらはこの森に何百年も住んできた。そうか。同じ森に住む動物たちにさえ、わしらは忘れられていたのか。まあ、無理もないな……」


 ドジローが口をはさみます。
「なんかむつかしい事情がありそうだけどさ、カワカゼ、おれたちは『イル・ファン』という薬草を探しているんだけど、知らないか?」


 ニングルは額に皺をよせて考え込んでいた様子でしたが、やがて口を開きました。


「『イル・ファン』、『イル・ファン』とな……。おお、思い出した。あの、ニラによく似た臭いのする葉っぱじゃろう。白い花をつける。うん、確かに見たことがある」


「じゃあ、もったいぶらないで教えてよ」


 マイペースなニングルにいらいらしたのか、アネゴも会話に加わりました。


「ここからじゃあ、ちょっと教えにくいのじゃよ。ここから北東に行った先に、大きな岩がある。その上に上れば、美瑛の丘が一望できるはずじゃ。とりあえず先に連れて行ってはくれぬか」


「……シッ!」


 アネゴが真顔で言いました。長い耳が、ピンと張り詰められています。


「どうしたんだよ、恐い顔しちゃって。話は最後まで聞いてやれよ。」ドジローが茶化します。


「黙って。あなたたち、あの臭いに気づかないの?」


「何の臭い?」ナズナが尋ねました。


「ネコよ」アネゴが答えました。その声は心なしか恐怖で震えているようでした。


●フクロウ襲来!


 ネコの影におびえながら、一行はようやく大岩までたどりつきました。うさぎの身長の20倍はあるかという大きな岩です。確かに、ここに登れば丘全体を見渡せそうです。


「こんなもの、ちょろいちょろい」


 軽快なステップでドジローが登っていきます。ナズナとアネゴも負けずについていきます。頂上は壮観でした。月明かりで丘が一望できます。


 「ははは、わしの言ったとおりじゃろう」カワカゼが得意そうに笑いました。


 森の先には、東西に川が流れていました。その下流には、中州のような島が見えます。
 森から丘のほうに細長い道が続いており、川と交差する地点には橋がかかっていました。


 そして、橋を越えた左手には、大きな建物が見えました。おそらくニンゲンが住んでいるのでしょう。そしてその向うには、比較的小さな東屋がありました。道をはさんで反対側には、鋲のついた柵で囲まれた菜園らしきものが見えます。ナズナにはピンときました。おそらく、あれが父さんの言っていた菜園でしょう。


 そのときでした。恐ろしい速度で何かが近づいてきました。抵抗する間もなく、アネゴは鋭いつめでひっかかれ、体が宙に持ち上げられました。


 夜の狩人、フクロウです。暗闇に大きな目がらんらんと光っています。久々のごちそうに満足している様子です。


 けれども、このままアネゴを連れ去らせるわけにはいきません。二匹は勇気を振り絞って跳躍し、フクロウに噛み付きました! フクロウは抵抗してくる獲物には慣れていません。割が合わないと思ったのか、彼はアネゴを取り落として、夜闇にはばたいていきました。


●バケモノ


 傷ついた体をなんとかなめながら、一行は森を抜けました。目の前には、先ほど大岩から眺めた橋が見えます。三匹は静かに渡ろうとしました。けれども、彼らは恐ろしいばかりの殺気を感じました。おそるおそる振り返ると、それがいました。月の光に照らされて、残忍な目がらんらんと輝いています。少しのムダのない筋肉が、美しい毛並みに映えています。それは静かにのどを鳴らしました。獲物を見つけた喜びに耐えかねて。


 そうです。ネコです。シャムネコのグレースです。


 三匹は凍りつきました。なけなしの勇気を振り絞って、ドジローがネコに立ち向かおうとしますが、いたずらに翻弄されるばかり。見かねてナズナとアネゴも加勢しようとしましたが、そのとき、すさまじい地響きを立てて、巨大な何かが近づいてきました。ネコの何倍も大きな目からは、まるでこの場が昼間になったかと思われるようなすさまじい光が出され、三匹は目がくらんでしまいました。そうです。ニンゲンが飼っている、「クルマ」という名のバケモノがやってきたのです。


 バケモノは恐ろしいスピードでこちらに向かってきます。とっさに、ナズナとアネゴは川の方にめがけて飛び出しました。ドジローもそれに続こうとしましたが間に合わず、体を伏せるのが精一杯でした。


 間一髪、這いつくばったドジローの上を、バケモノが通り過ぎていきました。急死に一生を得たと喜ぶのも束の間、頭を上げたドジローの前には、グレースが残念な笑みを浮かべて立っていました。どうやらこいつも助かったみたいです。


●ターザン


 なぶり殺しとは、こういうことか。ドジローは薄れゆく意識の中で、そんなことを考えていました。立ち向かおうと思っても体は言うことを聞かず、しっぽすら持ち上げる力は残っていません。もはや痛みすらも感じなくなっています。


 俺はイバラを倒した。アナグマも追い払った。それなのに、それなのに……。


 ネコが前足を上げました。まるで遊びに飽きた子うさぎのように。いよいよ、とどめをさそうというのです。


 ドジローは目をつむりました。ネコのエサとなるなんて、あんまりな最期です。


「逃げるんじゃ、ノロマめが!」


 気がつくと、グレースは顔をおさえてうめいていました。どこから現れたのか、ニングルが木の枝をしならせて、まるでナズナがニンゲンに拾われた時に聴かせてもらったという『ターザン』がやるように、ネコの顔面に渾身の蹴りを放ったのです。


 心の中でカワカゼに感謝しながら、ドジローは痛む足を引きずりながらその場を離れました。


●カワウソ


 落下そのものはあっという間でした。冷たい、と思ったのも束の間、ナズナは自分が泳げないことに気がつきました。後先考えずに川の中に飛び込んだのがいけなかったのでしょうか。あわてて水上に顔を出そうとしますが、なかなかうまくいきません。何度も水を飲み、浮きつ沈みつしていても、泳ぎのコツは飲み込めないままです。近くには、同じくアネゴがアップアップしています。


 カワウソが近づいてきました。面白そうにこちらを見ています。


「助けてくれ!」と叫びましたが、カワウソはきょとんとした顔をするばかりです。


「アタシ、ミナモ。ウタ、スキ」などと、どうでもいい自己紹介なぞを始めてしまいます。


 これは大変。じれったくなったアネゴは、ナズナをさしおいて自らの自慢の喉を披露しました。さすがにミス・青の巣村だけあって、なかなか上手です。感動したカワウソは、思わず拍手をします。アネゴがつぶやきました。


「褒めてくれるのはうれしいんだけど、あたしたちをここから拾ってくれないかな」


●再会


 よろよろとドジローは川の方に歩いていきました。川に飛び込んだ二匹を追って、下流へと下っていきます。すると、向うからぬれねずみになったうさぎが、こちらに近づいてきました。間違いありません。ナズナとアネゴです。


「おーい!」ドジローは後足で立ち上がりました。二匹が駆け寄ってきます。


●迷い


「どうもこうもなかったわよ、あのカワウソったら」アネゴが毒づきました。代わって、ナズナがことの起こりをドジローに説明します。


 アネゴの歌に感動したミナモは、二匹を下流にあるカワウソの住みかにまで連れて行ってくれました。おまけに、傷を治療できる薬草や、食糧までも分けてくれたのです。


 調子に乗ったアネゴはせめてものお礼にと、村で評判だった踊りをミナモに見せました。ところがこれが大失敗。カワウソを挑発する結果となってしまったのです。かくして一行は、島を後にせざるをえなくなったのでした。


 ナズナがそこまで語り終えた後、目を閉じて話しに聞き入っていたドジローが答えました。


「ともかく、無事でよかった。ところで、これからどうするんだ? 俺は、もう村に帰ったほうがいいと思うんだが」


 二匹は驚きました。けれども、ドジローの口からカワカゼの話を聞いて黙り込みました。

「危険だ、あまりにも危険すぎるんだよ」ドジローの目には涙が浮かんでいました。


「本当は俺だってこんなこと言いたくない。でも、巣の外に出てみればこうだ。俺たちは単なるちっぽけなうさぎなんだ。穴の中が似合いの場所さ。もう、あきらめて帰ったほうがいいんじゃないか。伝染病ったって、何もみんながくたばるわけじゃない。帰って、対策を練ったほうが得策だろう」


 ナズナが口を開きました。その目には、同じく大粒の涙が浮かんでいました。


●菜園へ


 結局、「イル・ファン」探しは続けられることになりました。今巣に戻っても、どっちみちその途中でネコに襲われることになるだろうということ。そして、カワカゼの犠牲を無駄にしないためにはこのまま進むのが一番だということになったのです。


 ナズナの目の前には巨大な鉄の扉がある。何度か飛び上がって取っ手を開けると、広大な菜園が姿を現しました。規則正しく列を作って、さまざまな野菜が植えられています。一行は巧妙に仕掛けられたワナをかわし、無事「イル・ファン」を手に入れました。


 ようやく目標は達成したものの、どうやって村まで戻ったらいいでしょうか? 今戻っても、きっとグレースが待ち構えているに違いありません。


 三匹は、菜園を出たところにある手ごろな茂みで休息を取る事にしました。


 うとうとし始めると、ニンゲンらしき足音が近づいてきました。どうやら二匹いるようです。こっそり様子をうかがうと、オスメスつがいで歩いているのが見えました。オスのほうは、細長い折りたたまれた鉄の棒を片手に持って、首から得体の知れない鉄の塊を下げていました。話し声が聞こえてきます。


「もうすぐ夜明けだ。シャッターチャンスは今しかないよ。いそごう、あの森の中の岩がちょうどいい。この辺りが一望できるんだ」


「そんな場所、いつ見つけたの?」


「企業秘密、企業秘密。写真家たるもの、いつでも一番いいロケーションを探すのを怠るわけにはいかないのさ。ん、どうしたんだ美佳子?」


「あれ、うさぎだよ、うさぎ。こんなところで何してるのかしら?」


「どうもこうもないだろう。うさぎは夜行性なんだよ。それより先を急ごう」


「あのねぇ……。あたし、小さなころ、うさぎ飼ってたことがあったんだ」


「ほう、それは初耳だな。お前の小さな頃というと、この辺りに住んでた時か?」


「そう。短い間だけど。だから、あのうさぎを見て、ちょっぴり懐かしくなっちゃった」


●ドジローの決意


 どうにかニンゲンたちをやりすごし、一行は帰路につきました。おそらくこの先にはネコが待ち構えていることでしょう。彼らはとりあえず策を練りました。策といっても簡単なものです。ドジローが囮になっている間に、ナズナとアネゴが巣へと戻り、仲間を説得して助けをつのる。それだけです。一行は、決死の覚悟で橋へと向かいました。


 案の定、それはいました。待ちくたびれた様子もなく、静かにたたずんでいました。


 傍らには、小さな小人が横たわっています。生きているのかどうかはよくわかりません。


 ネコは黙って手招きをしました。


 ドジローは胸を張って、ゆっくりとそちらに向かいました。


●イバラ


「ドジローが死んじゃうよ!」ナズナが叫びました。「僕の言ってることがわからないの?」


「でもなあ……」イバラはどもりました。いまだドジローと戦ったときの傷が生々しく残っています。「相手はネコなんだろう? うさぎじゃ、ネコには勝てないよ」


「何を情けないこと言ってるの! ドジローは実際に戦っているんだよ! 勝てないとわかっていながら必死の覚悟で。それなのに、君ときたら!」


「……」イバラは黙って、彼方を見遣りました。そして、おもむろに答えました。


「教えてくれ。もしネコを倒せば、俺はドジローより強いってことになるのか?」


●アネゴ


 アネゴは広間で、長老たちを相手に決死の弁明を試みていました。


「規則を破ったことは重々承知のうえです。けれども、被害を最小に抑えた上で、伝染病を治すにはこれしか方法がなかったのです」


 アネゴは、広間の隅々でうずくまっている、毛の剥げ落ちたうさぎたちを指さした。


「放っておけば、いずれ病気で私たちは皆死んでしまったことでしょう。私たちは、いくつもの危険を乗り越えて、この『イル・ファン』を手に入れました。これがあれば、皆の病気を治すことができます。けれども、病気は治せても、帰ってこないものがあるのです。それは、今まさに失われつつある『命』です。お願いします。ネコと戦っているドジローを助けてあげてください! あなた方のために命をかけた勇気あるうさぎを、どうか、どうか、見殺しにしないでください!」


●クライマックス


 今度こそ、俺は死ぬ。ドジローは確信しました。


 まあ、悪くない。


 やりたいことはやったしな。イバラのやつはぶちのめしたし、アナグマやフクロウもやっつけた。クルマをかわし、ニンゲンをかわし、どうにか薬草を手に入れた。きっと、ナズナたちは無事、「イル・ファン」を村へと届けたことだろう。これで、ナズナのおふくろさんの病気も、じきによくなるはずだ。ネコだって、うさぎがこんなにもタフな動物だとわかれば、そう簡単に攻撃してこなくなるだろう。まったくもって万々歳だ。たとえここで俺が死んでも、何も悔いは残らない。


 でも……。彼は躊躇しました。カワカゼには、悪いことをしたな。俺がこいつなんかにやられなければ、もとの通り森の中で暮らせたはずなのに。一緒に過ごしたのは短い間だった。それでも、不思議とウマがあったもんだ。願わくば、あの世でもご同行願えたらな……。「ドジロー!!」ナズナの声が聞こえた気がする。おかしいな、もうお迎えか?


「ドジロォオーー!!!」今度はアネゴの声だ。よくよくついてねえな。地獄の底までこいつらと一緒とは。


 最期の力を振り絞って、ドジローは頭を上げました。


 壮観でした。


 10頭ものうさぎが、傷だらけのネコともみあっていたのです。


 へへ、泣かせるじゃねぇか。ドジローは目を閉じました。


●エピローグ


「イル・ファン」のおかげで、村に蔓延していた皮膚病は治りました。娘うさぎたちの懸命の治療で、ぼろぼろだったドジロー以下うさぎたちの傷も、回復の兆しをみせてきました。村を救おうとした努力が認められ、規則を破ったことは不問にされました。ナズナの父ハコベは、いまだ帰っては来ていませんでしたが、まもなく捜索隊が組織されることでしょう。そのときには、彼らも同行することになるはずです。


 ネコが尻尾を巻いて逃げ去ったとき虫の息だったカワカゼも、大方元気を取り戻し、うさぎたちの間で談笑しています。


 もうすぐ秋も終わり、寒い寒い冬がやってきます。それまでに、ハコベが見つかればいいんですけど……。


「お父さんが心配なんじゃろう?」カワカゼが、ナズナに耳打ちしました。


「大丈夫、安心してかまわん。さっき、鳥がお父さんのことを教えてくれた。この美瑛にはいまだわしが仲良くしているニンゲンたちが何人かいるんだが、そのうちの一人が、お父さんを捕まえていたニンゲンからお父さんを譲ってもらったそうじゃ。なぁに、もう少しの辛抱じゃて。」


 あの時あった女の人だろうか。ナズナは、そんなことを空想しました。


 それを知ってか知らずか、カワカゼはナズナにウィンクしました。


「けれども、このことは黙ってなきゃいかんぞ。ドジローもアネゴも、あんな目にあってもやっぱり冒険に出たくて仕方がないようだからな。わざわざ楽しみを減らしてやることはあるまい……」


 ナズナは眠くなってきました。カワカゼの声が子守唄のように聞こえます。


 いつしか彼は、美しい朝の光が美瑛の丘にさしそめたあの日の朝を思い出していたのでした。