RIP

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Cult author JG Ballard dies at 78


The author JG Ballard, famed for novels such as Crash and Empire of the Sun, has died aged 78 after a long illness.
His agent Margaret Hanbury said the author had been ill "for several years" and had died on Sunday morning.
Despite being referred to as a science fiction writer, Jim Ballard said his books were instead "picturing the psychology of the future".
His most acclaimed novel was Empire of the Sun, based on his childhood in a Japanese prison camp in China.


The author of 15 novels and scores of short stories, Ballard grew up amongst the expatriate community in Shanghai.
During World War II, at the age of 12, he was interned for three years in a camp run by the Japanese.
He later moved to Britain and in the early 1960s became a full-time writer.
Ballard built up a passionate readership, particularly after Empire of The Sun, a fictionalised account of his childhood, was made into a film by Steven Spielberg.
He said of his experiences: "I have - I won't say happy - not unpleasant memories of the camp. I remember a lot of the casual brutality and beatings-up that went on, but at the same time we children were playing a hundred and one games all the time!"
Director David Cronenberg brought Ballard's infamous book about the sexual desires stimulated by car crashes to the screen in the film Crash.
The film caused a media stir, adding to Ballard's reputation for courting controversy.
In later years he wrote other acclaimed novels such as Super-Cannes and Millennium People.

ウエーク島へ飛ぶわが夢   
J.G.バラード 
山野浩一野口幸夫
一九七六年(原文一九七四)


 ウエーク島へ飛ぶメルヴィルの夢――多くの心身障害によって望みえないものとなっているこの野心がまた彼に甦ってきたのは、ビーチハウスの上の砂丘に埋もれた飛行機の残骸を発見した時である。砂の丘陵に囲まれた荒廃した保養地におけるそれまでの3か月間に、ウエーク島に関するメルヴィルの妄想として持続していたものは、この太平洋の環礁のよれよれの写真のコレクションと、巨大なコンクリート滑走路の漠然としたかすかな記憶、そして広々とした海の上を断固として西に飛ぶ軽飛行機を自分が操縦しているという実現性のない空想だけであった。
 砂丘に壊れた爆撃機を発見したことで全てが変化した。あてもなく浜辺を歩きまわったり、干潮時の海の無限に開けた平坦な砂地をバルコニーから眺めて時間を過ごすこともなくなり、今のメルヴィル砂丘から飛行機を掘り出すことに専念している。無人の保養地でのただ一人の隣人レイング医師との夕方のチェスの勝負もやめて、テレビ番組が始まる前にベッドに入り、朝は五時に起きる。そして鍬やシャベルと測量用の紐を引きずって、発掘地点に向かって砂の上を歩いていくのである。
 また襲い始めた前頭部の鋭い偏頭痛を紛らせてくれるので、作業はメルヴィルに好都合なものであった。長びいたETC療法の後遺症がこうして再発してきたことは、自分で予期した以上にメルヴィルを動揺させており、意識の片隅ではあの不快な世界のさまざまな元素が再構成されているのだというはっきりした警告を感じていた。ウエーク島への逃避という夢はいわば羅針盤による方位測定のようなものでしかなかったが、飛行機の残骸の発見によって彼は全精力を集中できるようになり、うまくいけばその間は偏頭痛の発作を寄せ付けないでおける可能性が与えられていた。
 この無人の保養地の付近には戦時中の飛行機がいっぱい埋もれていた。海浜生物の標本を採集しているとレイング墓製に信じこませて遠浅の砂浜を歩いていた頃も、メルヴィルは海峡上空で撃墜された連合軍と敵軍の戦闘機の破片を何度も発見していた錆びたエンジンの一部や壊れた鉄砲の部品が海の何らかの活動によって押し上げられて地表に姿をみせ、やがてまた跡形もなく砂の中に消えてしまっている。夏の間は週末になると二、三人の記念品ハンターや第二次大戦マニアが砂の上をあさり、完全なエンジンや翼をみつけることもあった。そうした遺物は動かすには重すぎるので残されたままになっている。っして、そんな週末族のテナントという元広告代理店重役らの一行が一キロ先の海岸の地下一メートルに無傷のメッサーシュミット一〇九を発見した。彼らはメルヴィルのビーチハウスの下の道路脇にスポーツカーを置いて、高性能のポンプやクレーンを装備して改造したDUKW(米軍の水陸両用トラック)で作業を始めた。
 テナントはどうやらメッサーシュミットに近寄ってくる者を警戒して相手にしないようにしているようだとメルヴィルは思ったが、広告業者の側ではむしろ、さびれた保養地に一人住みついて、浜辺の漂着物の間をのんびり歩きまわっている人物に興味を抱いていた。彼はメルヴィルに飛行機をみてくれと申し出てきた。二人が湿った砂地を車で走り抜けると、トタン板の砂防壁の地下一メートルに翼手龍のような戦闘機がうずくまっていた。テナントは彼に手を貸して真黒の操縦席に降ろしたが、この体験はすぐにメルヴィルの最初の遁走症状を誘発した。
 やがてテナントと仲間たちにビーチハウスへ運びこまれたメルヴィルは、何時間も坐ったまま腕や手をマッサージしながら、期せずして自分では忘れようとしていたある複雑な指先の技能が甦ろうとしているのを不安げに意識していた。ダイアルがあって、シャッターに閉ざされたレイングの日光浴室のカプセル状のインテリアはむしろ一〇九の操縦席以上に彼を動揺させるものだった。


 第二次大戦の戦闘機の錆びた機体の発見は確かに感動的であったが、メルヴィルの見つけるものにくらべると無意味に等しいものである。彼はいつか爆撃機の存在、少なくとも大きな機械構造物の存在に気づいていた。温い午後にはビーチハウスの上の砂丘を歩き回ったが、最初はただ人のいない保養地で静養し、ことさら何もしないようつとめることにこだわりすぎていた。航空事故ののちの長い回復期に病院の体育館で無限の時間を費してきたにもかかわらず、彼は深い砂の中を歩いているとすぐに疲労を感じてしまうことに気づいた。
 この段階では他にもまだ考えるべきことが多かった。保養地に到着した時には、彼がどこにいても医師に駆けつけてもらえることを期待して、病院で与えられた退院後の指示のとおりにレイング医師に会った。しかしレイングはあえてそうしたのかどうかわからないが、高級車で衝動的に乗りこんできたメルヴィルなる男、日光浴室のまわりをクロムねずみでも捜しまわっているように忙しく徘徊する元パイロットの存在に格別の関心を示すことはなかった。レイングは十キロ奥にある科学研究会議所の研究室で仕事をしており、保養地南端の砂洲に建てたプレハブの日光浴室におけるプライバシーを侵されたくないと思っている様子だった。彼はメルヴィルを無言で迎え、ビーチハウスの鍵を手渡しただけで、あとは何もしなかった。
 そんな無関心によってメルヴィルは解放感を得たが、同時に自立することが要求された。彼は二つのスーツケースを持ってきており、一つには新しく買った着慣れない衣類が詰めこまれていて、もう一つには病院での頭部のX線写真とウエーク島の写真が入っている。X線写真をさしだすと、レイング博士はまるでメルヴィルの頭蓋骨の構造上の欠陥でも捜し出そうとしているかのように幾つものネガを吟味しながら光にかざしていた。ウエーク島の写真は無言で突き返された。
 太平洋の環礁を撮った写真は彼が何箇月もかかって集めたもので、広大なコンクリート滑走路をとらえたものもある。病院での回復期に自然保護協会に入会したメルヴィルは表面的には、ウエーク島のアホウ鳥を絶滅から救おうというキャンペーンの支持者になった。――何万羽ものまぬけな鳥どもが滑走路の端に巣をつくっていて、定期便の離陸時に大群で進路に飛び込んでくるという。メルヴィルの本当の関心は、第二次大戦時に空軍基地となり、今は太平洋路線旅客便のジェット燃料補給地となっている島そのものにあった。風化した砂とコンクリートの結合、滑走路わきで錆びていく無線小屋、そんな人工の風景全体の心理的退化がなぜか彼の意識を強力にとらえていた。全く不毛の洋上の孤島でありながらウエーク島は急速にメルヴィルの意識の中で強烈な可能性の世界となっていった。彼は太平洋を島づたいに軽飛行機で飛んでいく白昼夢をみた。そこへ到達することさえできれば偏頭痛も完全に消えてしまうだろうと思えたのである。彼は錯乱した状態のまま空軍を解雇されたが、事故後の回復期にも軍の精神科医たちは、ただ楽天的に稽古不足がすぐばれるような演技を続け、共謀して沈黙を守っていただけだった。メルヴィルがさびれた保養地の医師から家を借りたこと、未払い分の給料でそこに一年間住むつもりであることを告げると、軍医たちはほっとして頭部のX線写真とウエーク島の写真を持って出かける彼を見送った。
「しかし、どうしてウエーク島なのかね?」レイング博士は三度目のチェスの晩にいった。博士はメルヴィルが暖炉にピンでとめた図版を指しており、そこには島の地質学、降雨量、地震観測、植物相、動物相などに関する詳しい学術的概要を示す労作があった。「グアムはどうだね? ミッドウェーは? ハワイ諸島ではだめなのかい?」
「ミッドウェーは悪くないけれど、今は海軍基地になっています――着陸許可がおりるかどうかわからないでしょう。いずれにしろ環境がよくないですよ」こうして太平洋の島々を比較対照しながら論じることは自分の架空世界を再構成していくようでメルヴィルを元気づかせる。「グアムは全長65キロ、山脈と深いジャングルに覆われているミニチュア版ニューギニアというところです。ハワイは合衆国の沖合郊外地でしかない。ウエーク島だけが本物の時間を持っているんです」
「極東で育ったのかね?」
「マニラです。父が織物会社をやっていました」
「それで太平洋地域に特に魅力を感じるわけだ」
「そうかもしれません。ただ、ウエークはフィリピンから遠い」
 レイングは遂にメルヴィルがウエーク島にいたことがあるかどうか聞かなかった。この遠い太平洋の環礁へ飛ぼうというメルヴィルの空想は彼の内意識以外では実現性のないものだといえるだろう。
 ただ、メルヴィルはこののち、幸運にも砂丘に埋葬されていた飛行機を発見することになる。


 潮が満ちて砂丘を閉ざしてしまうと、メルヴィルはビーチハウスの上の砂丘を歩かなければならない。風にけずられたり流されたりして、砂丘の地形は日々変化していたが、ある午後メルヴィルが気づいた傾斜地にはくっきりと直線が浮き上がっており、そこに金属製の物置があるか、ボート小屋の屋根がはずれて転がっているか、ともかく何か人工の構造物が埋蔵されていることがわかった。
 保養地の裏の軽飛行機発着場から飛んでくるいつもの単発機のエンジン音にいらだって、メルヴィルは流れ落ちてくる砂の中を稜線まで這い登り、野草の薮にそって水平に走るレッジに腰を降した。飛行機は自家用のセスナで、海から一直線に飛んできて、彼の頭上で急に傾いて旋回した。このところメルヴィルに好奇心を示している三十すぎの女流飛行マニアの歯科医が操縦するフライト・シックス――そのやわらかいうなりが頭上の空を無限に分割し続けている。水辺から四百メートルの砂浜を歩いていた時には車輪を流れる砂に着けそうにエンジンを絞ってメルヴィルをかすめて飛んでいくこともあり、まるで彼の頭の中に何かをたたきこもうとしているかのようだった。どうやら様々なタイプの補助燃料タンクをテストしているようだ。彼はその女性がアメリカ製セダンで無人の保養地の街中を空港に向けて走っていくのを見たこともある。なぜか彼女の軽飛行機の音は彼をいらだたせており、まるで暗い幕の裏側で頭脳の配置を移動させられているように思えた。
 セスナは鈍重な鳥のように執拗に頭上を旋回し続ける。メルヴィルは浜辺の生態学の研究に勤しんでいるようにみせかけようと両足の砂をかきわけた。予期せず彼はリベットを打ちつけた灰色の金属体の、あのあまりにもなじみ深い航空力学的構造物の一面を露出させてしまっていた。彼は立ち上がって両手で掘り起こした。やがてまぎれもないエアロフォイル曲線の輪郭が姿を現わした。
 セスナは歯科医の女性を滑走路へ連れ戻って姿を消していた。メルヴィルは彼女のことを忘れ、重い砂を押し出して砂丘の鞍部へ流し込んだ。疲労の限界に達しても、彼は砂丘から出ようとしている右翼の先端を掘り出す作業を続けた。上着を脱いで荒い白砂をたたき落とすと、ようやく合衆国空軍の円盤に星と横線の軍用機章が正体を現わした。


 発見した機が無傷のB17であったことを数分後に彼は知った。二日後、メルヴィルはがんばり抜いて何トンもの砂を掘り返し、ほぼ尾翼と後部ターレット、そして右舷の翼の全容が見渡せるぐらい露出させていた。爆撃機は殆ど損傷を受けていない。――おそらく海峡を横断する途中で燃料が尽きて、パイロットが干潮時の砂地に着陸させようとして濡れた砂面を突き走り、浜辺の上の砂丘に一直線に突っ込んだのだろうと彼は考えた。減価償却済みの”空の要塞”はそのまま遺棄され、やがて移動する砂の山に呑みこまれてしまった。小さな保養地が造成され、つかのま栄えて衰退していったが、その間この第二次大戦の遺物が町の百メートル裏の丘に埋もれていることは誰にも知られることはなかった。
 メルヴィルはこの骨董品の爆撃機を掘り出して修復する作業のための組織を自分一人で結成した。彼自身の労働力で飛行機を掘り出すのに三か月、解体して再び建造しなおすのに更に二年かかるだろうと彼は見積もった。ゆがんだプロペラ翼をいかに伸ばすか、ライト、サイクロン、エンジンをどうつけ換えるかといったこまごまとした問題に関してはあいまいなままだったが、ブルドーザーを借りて砂丘の頂上から浜辺まで造成しようと思っている砂利で補強した土砂傾斜路は意識の中で具体化していた。長い晩夏の一日が終わって海が退去した時なら浜辺の砂は安定していて固い……。
 メルヴィルを見にくる者は僅かである。メッサーシュミット発掘団を指揮している元広告業者テナントは潮が引いた遠浅の砂地を渡ってきて、出現しつつある”空の要塞”の翼や機体を哲学者のように見つめた。二人は互いに言葉を交わさない。――メルヴィルが考えていたように、二人は更に重要な何かを意識の中にかかえていた。
 夕方になってメルヴィルがまだ飛行機の作業を続けていると、レイング博士が日光浴室から出て浜辺を歩いてきた。日影に入った砂丘を登りながらレイング博士はメルヴィルが機首の砂をかきわけにくるのを眺めていた。
「爆弾を積んでいるのではないのか?」博士はいった。「町まで地慣らしすることもあるまい」
「当局の手で廃棄処分されたものです」メルヴィルは解体された砲塔を指さした。「機銃も爆撃照準器も全てはずされています。大丈夫ですよ」
「百年前なら白亜層の崖からディプロドクスを掘り出してきたことだろう」レイングはいう。飛行訓練から戻ってきたセスナが保養地南端の砂洲の上を旋回していた。「飛ぶことにいたくご執心のようだが、ヘレン・ウインスロプが副操縦士にしてくれるかもしれないよ。先日君のことを聞いていた。あの人は単発機でケープタウンへの新記録を狙っているそうだ」
 この報告はメルヴィルの興味をひいた。次の日、彼は発掘場所で作業をしながらセスナのエンジン音に耳を澄ませた。アフリカ縦断単独飛行のために砂丘の横の見捨てられた飛行場で機体のテストを続けている意志強固な女性のイメージは彼自身のウエーク島へ飛ぶ夢と力強く合致していた。彼が砂丘から黙々と彫り続けている老化した”空の要塞”が浜辺から飛び上がることはないだろうし、砂丘から動くことすらありえないことを今ではよく認識している。だがあの女性の飛行機が示しているものは実現性のある別世界だった。彼はすでに予備タンクの容量アゾレスとニューファウンドランドという補給点を計算し、意識の中の地図にルートを作成していた。
 メルヴィルを乗せずに彼女が飛び立っていってしまうことを恐れて、彼は直接アプローチすることにした。自動車で無人の保養地の街中を走り抜け、飛行場へ向かう廃道に出る。そして彼女のアメリカ製セダンの横に駐車した。セスナがエンジンカウリングを開いたまま滑走路の端に停めてあった。
 彼女は格納庫の中の工具作業台で燃料タンクの部品の溶接に精をだしていた。メルヴィルが近寄ると溶接ガスのスイッチを切り、マスクを上げて知的な顔を両手でおおった。
「私たち、どちらが先に飛び立つかというレースに巻き込まれてしまったようね」格納庫の入口に立ちどまったメルヴィルに自信を与えるように話しかける。「あなたなら燃料タンクの補給がわかるってレイング先生がいってたわ」
 メルヴィルにとって彼女の神経質な笑顔は複合した性的メタファーを偽装するものだった。


(……)