オールド・ウェーヴの真価を見よ――ジャック・ヴァンス『ノパルガース』

 ノ・パ・ル・ガ・ー・ス。
 この不可思議霊妙なる言葉の響きに魅せられない者はないだろう。
 ジャック・ヴァンスの単行本、23年ぶりの邦訳新刊! 快挙! 快挙! 快挙!

ノパルガース (ハヤカワ文庫SF)

ノパルガース (ハヤカワ文庫SF)

 『ノパルガース』がどうして翻訳の対象となり出版されるに至ったのかという経緯は、伊藤典夫氏による訳者あとがきに詳しいのでそちらを見てほしいが、この時代にACE DOUBLE初出のヴァンス単行本が翻訳・出版されるというのはまさに快挙というほかない。
 と同時に、この『ノパルガース』は今でこそ読まれるべきテクストだ。それはすなわち――どうしても批評を通しては語りづらい――ジャンルそのもののがもたらした熱気に満ちたテクストになっているということである。
 『ノパルガース』は、1950年代中盤、すなわちSF黄金期の熱気を行間から感じさせる佳作となっている。本作の面白さを語るためには、なまなか表象になど頼る必要はまったくない。
 異世界描写の妙が評価されるヴァンスだが、本作は「異世界」という言葉が指す範囲を思いきり広げて、いつも見ている地球の光景がいかに「異世界」へと変貌するか(していたのか)、その過程にスポットを当てているように見えるからだ。
 いわゆるオールド・ウェーヴのSFは、(例えば『宇宙のスカイラーク』のように)テクノロジーレベルがあまりにも古びていると(銅線を燃やして宇宙へ飛ぶとか)読んでいて厳しく思える部分が否めないものだが、『ノパルガース』はそのあたりを実に巧みに処理しており、いま読んでも充分味読に堪える。
 つまり本作の中心となるのは、最近のSFでは脳構造や埋め込み文法などを通して語られがちなギミックだが、それはあくまでSFならではのセンス・オヴ・ワンダーそのものに奉仕しているのだ。
 批評の文脈では美学に奉仕する作品はまま嫌われるが、ヴァンスは多様な作品を書き分けながらなまなかな市場の趨勢に右顧左眄しない強さをも持ち合わせている。それゆえ遠近法的な憧憬を経てしかSF黄金期の熱気を感じられなかった世代にこそ、本作は読まれるべきだろう。短い小説だが、それだけの力がある。作品のテンポやダイアローグの妙も評価されてしかるべきではないかと感じる。
 また『D&D』の母体の一つは間違いなくジャック・ヴァンスにあるのだが、『D&D』者はサイオニクスの原点を知るために本作を読んでもいいと思う。