第39回日本SF大賞推薦文

 岡和田晃は、日本SF作家クラブ会員として、今年は以下3点のエントリーを行いました。

 

・倉数茂『名もなき王国』
 SF文壇において幻想文学、さらに言えば“政治の季節”を横目で睨んだ作品は、どうも下位に見られる傾向があるようだ。世界文学を継承した作風とあれば、なおさらである。本来ならば、同じ作者の『始まりの母の国』(2012)の時点で、本賞へノミネートされていてしかるべきだろう(非常に優れた本格ジェンダーSFである)。が、本作を改めて推したいのは、初期の山尾悠子を思わせる硬質な文体において綴られる個々の短編小説の幻想性が、大きな枠物語としてジーン・ウルフ風の大胆な世界認識の読み替えをもたらす点だ。それは同時に、1980年代以降の新自由主義的文化状況を前提とする、アンダーグラウンド精神の復権を呼びかけてもいる。「SF Prologue Wave」や「TH」といったオルタナティヴ・メディアを初出とする短編も入っているのは、偶然ではないのだ。より詳しくは、「高知新聞」2018年9月9日朝刊で書評を参照。

 

渡邊利道「エヌ氏」
 第3回創元SF短編賞飛浩隆賞を受けた本作は、本来であれば『原色の想像力3』に収録されるはずであったというが、紆余曲折を経て5年の後に、「ミステリーズ!」Vol.90に掲載され、ようやく陽の目を見た。奇しくも評者は、応募時の原稿を読む機会があり、その際は、あまり評価できないとコメントせざるをえなかったのであるが、いざ改稿された本作を目にして驚かされた。5年という月日が、本作を成熟へと導いていたのである。トマス・ディッシュ「アジアの岸辺」への返歌といったコアの部分はそのままに、むしろ批評家として知られているだろう著者の見識が、枝葉として貪欲に盛り込まれ本筋と巧妙に噛み合うバロック的なスタイルをもたらしていた。それでいて、現代日本SFのアキレス腱であるジェンダーエスニシティに対する批評性も盛り込まれている。批評的な知への無頓着を感じさせる新人作が少なくないなか、本作の意欲を大いに買いたい。

 

吉川浩満『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』
 わずかな例外を除き、日本SF大賞は理論的なSF批評・評論の仕事に対し、正面から向き合うことを避けていた。結果、知的な読者層を少なからず取り逃してしまっている。本書は、社会ダーウィニズムの「浸透と拡散」の問題点を、説得力のある筆致で刳出してみせた『理不尽な進化』の著者の第2評論集であり、優れたコレクト・クリティークとなっている。作品をベースにして(例えば)認知科学的なフレームを取り出すという手法が、これまでのSF評論のスタンダードだったとすれば、本作の方向性は真逆である。(例えば)ポストヒューマニズムの理論的な枠組みを示し、そのような大枠から、SF作品の意義を語ってみせるのだ。巷には、SFを論じるとなると、人口に膾炙した映像作品をうっすらとなぞって満足するような批評も少なくないのだが、本書では『スティーヴ・フィーヴァー』のような達成もきちんと踏まえられており、安心して読むことができる。

 

樺山三英「団地妻B」
 第37回日本SF大賞最終候補になった『ドン・キホーテの消息』に続く、樺山三英の最新SFは――某大手文芸誌に発行寸前で差し止めを受けた「セヴンティ」(「メタポゾン」10号に掲載)から5年を隔て――ようやく「すばる」2018年4月号に掲載された本作「団地妻B」である。これはフローベールボヴァリー夫人」の本歌取りでありながら、フェデリコ・フェリー二監督『8 1/2』やJ・G・バラード『クラッシュ』の語り直しを内包しており、それどころか、作中にも“カメオ出演”している蓮實重彦の批評を大胆に援用することで、小説でありながら「批評としてのSF」を体現する作品になりえている。樺山三英日本SF作家クラブから退会してしまったが、この作品をスペキュレイティブ・フィクションとして位置づけることは重要だろう。「図書新聞」2018年4月21日号、5月19日号の「〈世界内戦〉下の文芸時評」も参照されたい。


・ダン・ゲルバー、グレッグ・コスティキャン、エリック・ゴールドバーグ『パラノイア【ハイプログラマーズ】』
 日本SF大賞はこれまで、一回もゲーム作品へ授賞したことがない(候補作になったことはあるらしい)。これは端的に本賞のアキレス腱になっているだろう。もとより、SFとゲーム(とりわけ会話型のロールプレイングゲーム)は、相互に絡み合うようにして発展を遂げてきた歴史が存在するからだ。詳しくは、「SFマガジン」2018年6月号の「『恐怖の墓所』のその先へ」を参照されたいが、ことオーウェル風のディストピアをシミュレーションする強度において、『パラノイア』シリーズを無視することはかなわない。今回邦訳がなった【ハイプログラマーズ】は――現代日本の状況を連想させずにはおかない――腐敗した官僚の立場をシミュレーションするというユニークな発想の作品で、『ディプロマシー』や『フンタ』といった名作の系譜にありながら、小説では表現できない形のSFを体現しえており、十二分にSF大賞に値する斬新さがあるだろう。

※字数制限で盛り込めませんでしたが、「図書新聞」2018年上半期読書アンケートの岡和田回答も参照してください。

 

・マーク・ガスコイン編『タイタン――アドバンスト・ファイティング・ファンタジーの世界』
 かつてSF出版社が専門レーベルを擁していたことからも自明なとおり、ゲームブックもまた、SFと密接に関わる分野であった。今なおそうだ。RPGを一人でプレイできるソロ・アドベンチャー形式の嚆矢となったのは『トンネルズ&トロールズ』(T&T)シリーズであるが、パズラー的に精緻化させたのが『火吹山の魔法使い』に始まる「ファイティング・ファンタジー」(FF)シリーズだ。FFで育った世代が『アドバンスト・ファイティング・ファンタジー第2版』をデザインし、それが2018年に日本でも翻訳・出版されるという動きは、オールドスクール・ファンタジー復権と解釈できる。日本オリジナルのT&Tソロ・アドベンチャー『トラブルinトロールワールド』の刊行、籾山庸爾が代表をつとめるハーミットインの奮闘という動きが見られるが、それらを象徴する作品として、素晴らしく生き生きした架空世界を提示した『タイタン』を顕彰したい。