「インデクシング」を促す新しいサプリメント『ウォーハンマー・コンパニオン』

 いよいよ来週、11月29日に『ウォーハンマーRPG』の新作サプリメントウォーハンマー・コンパニオン』が発売になります。翻訳に参加させていただいたから言うわけではありませんが、このサプリメント、ものすごく画期的な作品です。
 このサプリメントは、従来の類書ではフォローされてこなかった(あるいはあまり語られてこなかった)、RPGの本質的な部分について深く突っ込んでいるのです。
 そのことは、原書で読んだときから気がついていました。やや大げさな物言いかもしれませんが、RPG生活を劇的に進化させうる、あるいはゲームマスターやプレイヤーの能力を飛躍的に向上させうる、そして他のジャンルに対してRPGが独自性を主張しうる、ひとつの可能性がこのサプリメントには秘められているといっても過言ではないかもしれません。

 RPGのシナリオとは、概して構造的なものだと思われています。ここでの構造的とは、それこそ『ゲド戦記』のアーシュラ・K・ル=グィンにも影響を与えた文化人類学クロード・レヴィ=ストロースを例に出して語られるような「構造主義」という言葉で用いられる「構造」と、ほとんど同義だと思ってもらってかまいません。
ゲド戦記 1 影との戦い (ソフトカバー版)

ゲド戦記 1 影との戦い (ソフトカバー版)

 それはつまり、わかりやすく言えば、それまで散漫としていた「神話」や「物語」というものをきちんと整理・分類し、必要に応じてマスターがシナリオを創ったり実際に運用したりする際のパーツとして活用できるような手がかりになるようまとめられているということです。
 僕は、こうしたRPGの構造的な要素を、なるべく根っこから語ろうと、フランスの作家ジョルジュ・ポルティの「36の劇的側面」という理論を加筆・再整理して「TRPGに使える事件・精選24」というチャートを作成しました。それを「Role&Roll」誌Vol.42の「オリジナル・シナリオを創ろう!」というシナリオ作成ガイドに掲載し、幸いなことに好評を得ました。
Role&Roll Vol.42

Role&Roll Vol.42

  • 発売日: 2008/03/07
  • メディア: 大型本
 そのうえで「オリジナル・シナリオを創ろう!」においては、「構造」を具体的な「運用」へ昇華させるための肉付けの方法を、いろいろ提案してみたのでした。
 当たり前ですが、ゲームを運用するのは人間です。人間がものを創るとき、抽象てきな情報や、むき出しの「構造」だけ提示されたのでは、それをうまく取り扱うことができません。どの辺りに想像力を加味させ、創造性へ展化させられるかが見えないからです。
 そのために、「構造」だけではない、「構造」からみると一見余分とも取られかねない、「周辺情報」への目配せが、何より大事になってくると思うのです。


 これはRPGだけの話ではありません。情報ネットワークの発達によって、「構造」へ直面する機会が飛躍的に増えた現代社会の仕組みそのものへもすっぽりと当て嵌まります。
 いくらウェブに情報が溢れていても、人間とは偏屈なものですから、とっかかりがなくては情報を頭にインプットできませんし、ましてや活用することは適いません。そもそも情報の海から、自分がアクセスしようと思うものすら、選別することができないということはままあります。
 作家の円城塔はあるインタビューにおいて、「(コンピュータ・ネットワークを母胎とした)データベース化する社会」を生き抜くにあたり、「インデクシング」(=見出し、インデックスを作ること)が重要であるとの旨を答えました。
 もちろん、「構造」と「データベース」は同一のものではありませんが、共通するところも多々あります。それゆえこの円城さんの回答は非常に示唆的です。とかくGoogle的に情報を網羅することこそが重要であると錯覚しがちな現代人に対し、情報を引き出し、活用する「引き出しの多さ」そのものへ眼を向けさせたという意味で注目に値するからです。


 汚らわしい例を用いて恐縮ですが、〈いくら参考書を買っても、内容が頭に入って取り出せなければ試験に受からない〉ということとまったく同じであるといえます。情報化する社会においては、「構造」や「データベース」を数理的に意識し整理するよりも、それらをうまく、流動的な人間の思考に合わせ、アナログな「インデクシング」を行なうことこそが重要なのではないかと、最近僕は考えるようになっています。
 なお、こうした「インデクシング」という考え方は、円城塔さん本人の小説を読む際にも鍵になるのではないかと、僕は思っていたりします。*1


 さて、RPGにおいても「インデクシング」の考え方は非常に重要です。「構造」によって示される「神話」や「物語」の原理的な要素は、それだけだと「シナリオ」にまで発展しないからです。それゆえ、「構造」を補完する意味での「インデクシング」が重要になってきます。
 ここで役に立つのが、『ウォーハンマー・コンパニオン』なのです。私見を言えば、『ウォーハンマー・コンパニオン』は、まさにユーザーの頭脳に「インデクシング」という考え方を補完させるためのサプリメントだと言えます。チャートの羅列のみに終わるのではなく、シナリオを肉付けさせるための、セッションを豊かにするためのフックとなる情報が散りばめられているサプリメント、それが『ウォーハンマー・コンパニオン』です。


 『ウォーハンマーRPG』の面白さは、まず第一に、ルネッサンス期からドイツ三十年戦争期のヨーロッパをモティーフにした「オールド・ワールド」の世界観にあります。こうした世界観は、「ルネッサンス」あるいは「ドイツ三十年戦争」という言葉に留まる限り、具体的な像を結びません。あくまで、漠然としたイメージに留まったままになっています。
 しかし、「オールド・ワールド」にどういう人々が暮らし、どんな匂いがし、いかなる土地風土が存在し、どのような冒険が可能なのかという情報が、実際にゲームをする際には求められます。
 そのためのヒント、つまり「イメージ」を形にするためのツールとなる情報が、『ウォーハンマー・コンパニオン』にはユーザーの「インデクシング」を推進させるために備えられているのです。


 『ウォーハンマー・コンパニオン』の「はじめに」をご紹介しましょう。
 「物語」を補完するための、痒いところに手が届くような情報が網羅され、ユーザーの「インデクシング」を促進する内容になっていることがおわかりになるかと思います。

 オールド・ワールドという題材は、千巻の書物を費やしてなお、全領域をくまなく表面的になぞることも、ウォーハンマー世界世界を織りなす土地土地の成り立ちをつまびらかにすることも、とうてい出来うるものではない。確かに、エンパイアやブレトニアについてのソースブックや、スケイブンを取り扱ったモンスター本、魔法にまつわる『魔術の書』や『堕落の書』、さらにはこの世界を舞台にした小説までが入手可能だ。しかしながら、数多くの事項がそれらの本のなかで規定されず、掘り下げられず、語られることすらないままで残ってしまった。そうした隙間を埋めるために必要なツールが、この『ウォーハンマー・コンパニオン』なのだ。


(……)


 ならば、本書には何が含まれるのか? あらゆる内容が小粒ながらちりばめられていると言えるだろう。我々は出来うる限りに努力して、記事群をいくつかの大分類にまとめ上げた。


 巻頭には全世界の地誌案内を配して、オールド・ワールドの境界のはるか彼方にある土地土地についての基本的名情報を列挙している。このセクションではまた、遠い異国へと現実に旅する際に問題になってくる事項についても軽く触れている。


 本書の大半は、オールド・ワールド人たちの生き様に着目して、実プレイに役立つ情報を集めたものとなっている。土地や街を巡業する見世物や各種ショウの一座や、エンパイアの河川で生活の糧を得る人々について、詳細に解説しているわけだ。また、商いでひと山当てようと考えるプレイヤー向けには交易のルールが、『オールド・ワールドの武器庫』で示されたルールを拡充する形で用意してある。くわえて、星座や医術についてのエッセイ風の記述や、裁判やその他の対人折衝に関する上級ルールまでがあり、あらゆるタイプのゲーマーが、エンパイアにおける生と死のあり方について理解を深められるものとなっている。


 『ウォーハンマー・コンパニオン』は、エンパイアの外へと目を転じ、名にし負うティリアに焦点を当ててもいる。海賊都市サルトサと道化の都市トバロの紹介は、いずれも初お目見えとなるものだ。


 遭遇や施設についての設定をお求めの向きには、ググニルの火薬店にくわえて、魅力的な酒場(パブ)数軒が取り揃えてあり、プレイヤー・キャラクター(PC)たちが苦労の末に手にした金貨を費やすことができる。また、君たちの冒険者に立ちはだかる混沌教団が新たに一つ登場する。さらに、エンパイアでも有数の著名な組織、帝立砲術大学校についても詳細に解説している。


 締めくくりは、『オールド・ワールドの生物誌』や『ウォーハンマーRPG 基本ルールブック』に記された怪異の目録への追加として、古い馴染みから新種のものまで、各種モンスターのお披露目となっている。


 まさしく、珍奇で魅力的な記事の盛り合わせではないだろうか。多種多様な本書の記述からは、誰もが求める何かを見つけることができるだろう。さあ、まずはご覧あれ。君がエンパイアに向ける目はきっと、いささか違ったものになるだろう。

 さらに、ここで網羅されている情報だけではなく、「狂人アズルゥア・トビアス=ソルの妄言」という見出しによって、奇異で断片的な「神話」的情報が、『ウォーハンマー・コンパニオン』のあちこちに散りばめられています。
 そのうちのひとつを、ここに紹介しておきましょう。

○○言葉;Tongues

 「北の方にあるアニクマールという小さな村で、粗雑な農具で土地を耕して糊口をしのいできた小作農やそれに類する裸一貫の人々は、音声に恐れを抱いていた。とりわけ、言葉を話すことを怖がっていた。老若男女、誰もが幼少から教え込まれてきたことには、言葉はひとつしゃべるごとにモールに聞きつけられ、その者の魂の重みを測り、死後どれだけの暮らしに値するのかを吟味することに利用されるのだという。胴震いを禁じえぬほどのそうした教えから、人々の沈黙はたいへん重くなり、ついには何日も何週間も一言もしゃべらず、呻きすらしないまでになった。


 年配者にいたっては完全な沈黙を保っており、子供たちにしてもふと気がつけば、遊びや雑用について無為にぺらぺらとしゃべったことを悔いる祈りの言葉を黙読していたりする。こう書くとひどく常軌を逸したことのようだが、この村の人々にとってはしごく普通の行為なのだ。村人たちは、声を発してしまうのではないかという絶え間のない恐怖のなかで暮らしており、神々がそれを見過ごすことは稀で、許すことはさらに少ないのだと信じ込んでいる。


 沈黙にこだわるのは何もアニクマールの人々だけではない。アヴァーランドじゅうの村々が沈黙の誓いを堅く守ってはいるものの、アニクマールの村人ほどひどく陰気になってはいないだけなのだ。そうした村々を訪れた者は帰りたいという意思を主張することがないが、その一方で、以後生涯にわたって、忙しい宿屋や波止場の喧噪のなかに身を置きたいと考えるようにもなる」

 こうした断片的な情報から想像力を膨らませることで、ユーザーは、「オールド・ワールド」に独自の「神話」を付け加え、自分たちのゲーム世界を、さらに充実したものとすることができるでしょう。
 データだけが羅列してあるゲームも、僕は好きです。しかし、無味乾燥なデータだけが並んでいると、「戦闘」というひとつの目的だけにセッションが向かってしまいがちな気がするのも事実です。
 『ウォーハンマー・コンパニオン』の情報をうまく用いれば、セッションそのものを多様化させることができるでしょう。マンネリ化したシナリオやワンパターンな展開から抜け出したいと感じたとき、強い武器になってくれるものと思います。


 さらに言えば、それは単に、RPGを豊かにするだけに留まりません。『ドラッケンフェルズ』など、世界観が豊かなSF・ファンタジー小説にも新たな読みの地平を提示することができるでしょう。そして、いままで考えてきた得た「インデクシング」の視点は、広く文芸を考えるうえでも応用が可能なのではないかと思います。

 痒いところに手が届く情報を網羅し、創造の原石を磨いて取り出すための「インデクシング」の題材に満ちたサプリメント、それが『ウォーハンマー・コンパニオン』です。岡和田晃としては、この本、RPGの可能性を切り拓くサプリメントだということで、お勧めしておきます。
 僕は『ウォーハンマーRPG』が好きなので、贔屓の引き倒しという面があるのは否めませんが、それでも、面白いサプリメントだと思うのは変わりません。
 ぜひとも、お手にとってみて下さい!
 (こちらに、プレビューがあります。序章と、第1章を無料でまるまる読むことができます[PDFファイル]。どうぞご利用下さい)

*1:今回は踏み込みませんが、円城塔の「つぎの著者につづく」(『オブ・ザ・ベースボール』所収)と(最近再販された)大江健三郎の『懐かしい年への手紙』を比較考察する形で、形に出来そうではないかとぼんやり構想しています。

オブ・ザ・ベースボール

オブ・ザ・ベースボール

  • 作者:円城 塔
  • 発売日: 2008/02/14
  • メディア: 単行本
懐かしい年への手紙 (講談社文芸文庫)

懐かしい年への手紙 (講談社文芸文庫)